わらうき5

わらうき 6 創作世界 トップ

「小村に言わせると、霊がとり憑いてるんだそうだ」
「……ちょ、ちょっと待って。頼むから、一から話してくれる? 大丈夫、ちゃんと渡真利君の話を信用するから」
「判った」
 俺は話した。全ての始まりの電話の事、その次の夜の事、そして小村との夜の事、除霊の結果−−
「……で?」桧森は眉を上にあげて、俺を見た。「渡真利君は、私に何をさせたいの?」
 そう言って、にやっと笑う。
 俺は一瞬、間を置いた。
「−−そのパパと対戦させるつもりだった」
「お笑い合戦?」
「……。ま、そう言いたいんならそう言ってもいいが……」
「それで−−何で『つもりだった』なの?」
「……いいのか?」
「いいわよ」桧森はにやっと笑う。
 ああ……やっぱり、変わっていない……この強気、この好奇心……。
 でも。これなら−−もし、桧森のあの笑いが変わっていなければ……勝てるかもしれない。
 桧森はちらりと店内の時計を見た。七時を少し過ぎている。
「渡真利君」
「−−ん?」
「今から、その木に会いに行ける?」
「−−へ?」
「そのお笑い合戦は今日は無理だけど−−とにかく、その笑い、っていうのを一回聞いてみたいの。まず敵を知らなきゃどうしようもないし」
「ん〜」
「向こうに行ける?」
「……ちょっと電話できいてみる。多分、行けると思うが……」
 俺は立ち上がって店の公衆電話で綾科さんの所に電話をかける。呼び出し音は五回。
 −−はい、綾科ですが。
「あ、渡真利ですが」
 −−渡真利さん!? 渡真利さんですか!
「はい」
 一体何々だ。
 −−助けて下さい! 小村さんが、小村さんが……!
「小村が!? 小村がそちらに行ってるんですか!?」
 何で小村が……あいつ、今日は休養する、って自分で行ってた筈なのに……。
 −−亦気絶してしまって……私、一体どうすればいいのか判らなくて……。
「判りました。今すぐそちらにむかいます。できる事なら小村を正気付かせてやって下さい。十分程で行けると思います」
 −−は、はい。どうもすみません。
「いえ。それじゃ」
 俺は慌てて電話をきり、桧森の所へ行った。
「桧森。今すぐ綾科さんのところに行くぞ! 小村の奴が何だかよく判らんが綾科さんのところに行って亦気絶しやがったんだ!」
「え?」
 俺は慌てて桧森と俺の勘定を払って店を出た。桧森は俺の後をついてくる。
 しかし、一体……何で小村は……。


「渡真利さん!」
 俺を迎えたのは蒼ざめた顔の綾科さんだった。
「綾科さん! 小村は?」
「今、応接間のソファーに……」
 俺は上にあがらせてもらう。
「と、渡真利さん、この方は……?」
 本来ならば紹介するべきなのだろうが、今は場合が場合なだけに、そんな暇はない。小村の方が先だ。桧森が自分で説明するだろう。
「どうも、初めまして。桧森陽子と申します。笑う木の事は渡真利君から聞きました。私は助っ人です」
「すけっと……?」
 小村は応接間のソファーで呆けて腰掛けていた。
「小村!」
「……ああ、とまりじゃないか……」
「お前、今日は何で此処に来たんだ? 今日は休む、って言ってたじゃないか」
 俺は小村の隣に腰掛け乍ら言った。小村は自己嫌悪に陥った様子で頭を抱えた。
「俺は……もう駄目だ……」
 頭を抱えたまま、小村は呻くように言う。
「何が? 一体、何があったんだ?」
 桧森の低くてばかでかい声が聞こえてくる。−−小村がこの状態なら……今、桧森に会わせるのは酷だろうか……。
「今朝、目を覚まして……ふっとあの木の事を思い出して……その時は最高の案だと思ったんだ。これで絶対パパを駆除できるぞ!と思って……。おかしかったんだ。俺はもう駄目だ……」
「一体、何をしたんだ?」
 小村は暫く答えなかった。俺は何も言わなかった。玄関から綾科さんと桧森の声が聞こえた。
「……パパイヤの木を植えた」
「……」
 ……ギャグを本気でするとは思わなかった。
「一瞬、何も声がしなくて、勝った、と思ったら−−笑って……」
「−−小村。悪い事は言わん。本当にお前は抜けろ。精神の異常をきたしていない今のうちに、な?」
「−−」
 小村は何かを言いたげに俺を見た。気持ちは判らないでもない。しかし……。
「……桧森にこの事を話した」
「−−!?」
 小村は怯えた表情で俺を見た。
「今、玄関で声がしてるだろ? もう、これしか思い付かなかったんだ」
「……」
 噂をすればなんとやら、桧森が入って来た。
「小村君、久し振り。大丈夫?」
「……!!」
 小村は明らかに怯えていた。
「大変だったわね。でも、もう大丈夫。除霊しても笑うんだったら、それ以上小村君にはどうしようもないでしょ? 後は渡真利君と私に任せて、ゆっくり休養したら? 無理しても辛いだけなんだから、ね?」
「あ……ああ」
 小村はゆっくりと立ち上がった。何処か危なげだ。
「−−帰るのか?」
「ああ」
 俺も立ち上がって小村と一緒に玄関に行く。
「一人で帰れるか? 送っていってやろうか?」
「いや−−大丈夫だ」
 小村は笑った。力ない笑いではあったが何とか気を取り直したようだ。
「そうか……じゃ……亦、どうなったか、連絡する」
「−−すまん、渡真利。俺の力が足りなかったばっかりに……」
「……いや、お前はよくやってくれたよ」
 小村は靴を履いて俺を見た。
「−−それじゃ、な」
「ああ。元気でな」
「ああ。渡真利も元気でな」
「ああ」
 小村はふらふらと帰っていった。
「小村さん、大丈夫ですか?」
 部屋に戻ると綾科さんが心配そうに言った。
「大丈夫ですよ」−−多分……。
「小村君、って、結構回復力あったから、心配する事はありませんよ。−−ね、渡真利君?」
「あ、ああ……」
 −−さすがに桧森が言うと、経験がものを言うだけに、説得力があるな……。
「−−ところで……銀杏の木、見せて頂けませんか?」
 −−来た。
「はい」
 俺達三人は庭に出た。
「この銀杏の木? 見かけはまともじゃない」
「−−ま、な」
 −−見かけは、な。
「で、どうすれば笑うんですか?」
 桧森は綾科さんに訊く。
「よく判らないんです」
「−−パパの事を話題にしたり、パパの悪口を言ったりすると笑うみたいだぜ」
 俺は経験に基づいた結果から、そう言った。
「ふうん……」桧森はにやっと笑う。厭な予感……。「パパのバカー!!」
わーはっはっはっはっはっは
わーはっはっはっはっはっは
わーはっはっはっはっはっは
わーはっはっはっはっはっは
わーはっはっはっはっはっは

「−−」
 案の定、桧森は茫然としていた。
「桧森……」
 −−!?
 う。……桧森はにやっと笑っている。……。
「面白いじゃないの」
「………」
「綾科さん」
「は、はい」
 桧森に呼ばれて綾科さんは慌てて返事をした。
「今日は、まだ、心の準備ができていないのでやめておきますが−−明日はやりますので」
「−−は、はい……」
 俺の背筋を悪寒が走った。桧森は−−明らかにこの事態を、楽しんでいる。
「じゃ、渡真利君。今日のところは私はもう帰るから」
 桧森はそう言って表の門の方へ行く。
「桧森、待て! 俺も帰る! じゃ、綾科さん、明日、亦会いましょう」
「はい」
 綾科さんは淋しそうな表情で俺を見る。動きかけていた足が思わず止まった。
「−−大丈夫ですよ。そんな心配そうな顔をしなくても。何とかなります。俺が何とかします」
「……すみません」
 俺は笑顔をつくった。
「乗りかかった船、ってやつですからね」
 俺の笑顔につられてか、綾科さんはようやく笑顔を浮かべた。
「そうです。綾科さんはそうやって笑顔でいて下さい。それじゃ−−」
「渡真利さん!」
 表に行きかけた俺を綾科さんが呼び止める。
「−−はい?」
「あの……有難うございます……。おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
 綾科さんは今度は本当の笑顔を浮かべた。
「渡真利君。帰るの? 帰らないの?」
「ああ、帰る、帰る」
 俺は慌てて門を出て桧森の所へ行った。


 次の日。できる事なら俺は行きたくなかった。しかし、昨日、綾科さんに強がりを言った手前、行かないわけにはいかなった。桧森は楽しそうだった。俺は必死で頭痛を堪えた。
 桧森は銀杏の木の前で足を肩幅程に開いて木を睨みつけている。少し、口を歪めて笑いを浮かべている。
 −−俺はどうして此処にいるんだろう。それに、桧森は俺に、「私が負けても笑いを継続させてね」などというとんでもない事を俺に頼んだのだ。桧森ですら負けてしまうものに俺が勝てるわけがない。−−しかし、俺には、もう、選択の余地はなかった。
 ……俺はよっぽど不幸な星の下に生まれてきたに違いない。何で三無、五無、十三無主義にくるまって育った世代の典型的人物の俺がこんな事件に巻き込まれなきゃいけないんだ……。
「−−渡真利君、気絶しないようにね」
 桧森は振り向かずに言った。
「……あんまり自信はないが、頑張ってはみる」
「小村君の仇をちゃんと討つからね」
「−−あ、ああ」
 ……これ、って、そういう次元の話、なんだろうか……?
 しかし、パパの木はなかなか笑おうとしない。……桧森を警戒してる、とか。……まさかな。
「なかなか笑わないわね。せっかく楽しみに待ってるのに」
「−−」
 楽しみ……。……。
「−−渡真利君」
「ん?」
「これは私の勘だけど……自分、綾科さんに惚れてるんじゃない?」
 −−え!?
わーはっはっはっはっはっは
わーはっはっはっはっはっは
わーはっはっはっはっはっは
わーはっはっはっはっはっは
わーはっはっはっはっはっは
わーはっはっはっはっはっは

「来たな、妖怪め! 私も負けんぞ!!」

わらうき を読み返す
わらうき6 で感動を味わう
創作世界へUターン
トップへ行こう!
もう疲れたや