野望実現計画 (7)
そんな時、一つの事件が起きた。細川・児玉はまだ大学三回生で、細川は首都、児玉は地元、と一世と同様に別々の人生を歩んでいる時だった。 起こるべくして起こった事件であった。柴田の会社がクローニングと記憶注入を商売にしていることに対して、世間が非難を浴びせたのである。 それまでは基本的に、秘事にしていたこの商売を、一般に宣伝こそしはしないものの、公開したところ、マスコミが過剰反応したのである。 柴田商社の創設者、柴田は細川・児玉と同様に輪廻転生を行っていたがまだ若く、会社の責任を負うほどではなかった。だが、またもや細川・児玉と高校で一緒に野望について語り合った柴田は、一世の会社を設立させた気持ちが判りすぎるほど判っていた。 世間は色々な出所不明の情報に踊らされ、柴田商会は、金さえ出せば輪廻転生させると思っている節が見られた。 柴田の命により、現社長の戸田宏明は沈黙を守っていた。非難に耐えかねた関係者の研究者、そしてプロジェクトを進めることを認可した学会が戸田に何とかしろ、というまで何も弁解しなかった。 何とかしろ、と言われて――お笑いコロニー委員会で申し合わせて作成した輪廻転生プロジェクトに関する倫理的見解を、論文で、一般の出版物の形で、テレビ・新聞・週刊誌の記者会見の形で、紹介した。 「ここらで、お笑いコロニー計画も言わなあかんやろうな」 何故、輪廻転生しようとするのか――それだけの強い意志がなければ、柴田商社はクローニングを行わない、という条件を持ち出すに際して、細川・児玉はそのことについて述べる必要があった。 「そやけど、お笑いコロニー計画について、容認できるだけの懐を、この世間が持ってるとも思えんがねえ」 児玉の言葉に対し、記者会見のためわざわざ実家に返ってきた細川が溜息まじりに言う。 柴田も含めたこの三人、世間に対抗すべく三十歳までの記憶注入を行ったところである。 「俺も基本的には細川の意見に賛成するけど――それでは世間は納得せえへんやろ。プライバシーにかかわることやから言われへん、って言う手は使えんことはないけど、それすると『来世でも一緒になりたいから輪廻転生させて下さい』なんちゅう小市民的な願いでやって来えへんとも限らん」 「あれ? そういうの、あかんのか?」 柴田の言葉に細川は驚いて返す。 彼は殆ど首都の方にいたので柴田商社や大本興業の詳しい内情までは知らない。輪廻転生実施に際して、数制限の為にも、輪廻転生の目的があるレベル以上(レベル自体は柴田商社の重役会議で決める、という極めて主観的なものなのだが)ないと却下となる、ということは知っていたものの、具体的なところまでは何も知らなかった。 「それでもええですよー、ってな事になったら胎養施設が無茶苦茶ぎょうさんいるようになる。まだそこまで量産でけへんし、今後するつもりもない。量産したら、それこそ人口問題だの、色々と問題おきそうやからな。そやから、あるレベル以上の理由を持ってる人か、エキスパートでありながら死亡率の高い仕事――例えば、宇宙開発事業に従事してる人とかに優先権を持たす、って事で」 宇宙開発事業、と言いながら、柴田はにやりと笑う。柴田の言わんとしている事が判って細川・児玉もにやりと笑った。 「そしたらやっぱり、お笑いコロニーに関しても説明せにゃいかん、って訳やな」 児玉の言葉に、柴田は頷く。細川は不満そうではあったが「お笑い、っていう部分抜くんやったら言うてもええかな」と自分を納得させるように言った。 「誰が説明すんねん。戸田社長か? 最上か?」 最上は二世が二十七歳の弁護士となっている。 「筋としては戸田社長やろうけど――まあ、あの人はクローニングと記憶注入に際して問題はない、って事と、人権に関しての説明をしてもらうわ」 柴田が言う。 「他に何か説明することあるんか?」 児玉が不思議そうに訊ねる。 「世間の輪廻転生に対する非難が何処に向かってるかを考えるとな、クローンの人権とか、そういう利他的なもんだけやないやろ? 要するに、宗教観念からの非難か、やっかみやろ」 「やっかみ、か……」 柴田の言葉に、細川は納得したように呟く。 「それで、グウの音も出えへんように、納得させなあかん、と」 「それ――難しそうやなあ……」 児玉が呟く。 と、その声に反応したように、柴田と細川が同時に児玉を見る。 「……きゃ、なあに? そんなに見つめちゃ、照れちゃう!」 二人の視線に何か厭な予感を覚えて児玉はオカマ化して誤魔化そうとした。 「……俺、いろんな人に会うてきたけど、勢いでもの言わせたら児玉の右に出る者おれへんと思うねん」細川。 「うんうん、俺もそない思う。だいたい発案者がこういう事態において責任とるべきやと思うしな」柴田。 「まあ、責任? 何の事かしら? 私は細川君にそそのかされてこの大プロジェクトに手を付けただけよ」 ひきつった笑顔を浮かべてはいるものの、まだ頑張る児玉。 「俺を説得したあの勢い」細川 「俺を納得させた得体の知れない理論」柴田 「情熱」 「想い」 「いやー、やっぱり、児玉が言うしかないよな」 「俺もそう思うわ。自信もって人にお勧めできるもんな」 「テレフォンショッピングなんか、メやないで」 「ほらほら、オカマの真似なんかしてごまかしてんと。頑張れよ!」 「……お前等、何人をダシにして意気投合しとんねん! 俺が、そんな大衆向けの演説なんかできるか!」 ついに児玉は爆発した。しかし、細川、柴田はにこにこと笑っているだけである。 結局の所、児玉がこの大役を引き受けるであろうと判っての笑いである。 「おや、大衆向けの演説がでけへん、って?」 細川は、演技がかった動作で柴田と目を合わす。 「漫才、って大衆向けのウケねらいとちゃうんかいな」 「漫才と演説はちゃうやろ! 俺にそんなまじめな話ができるか!」 「そんなにシリアスにならんでも、俺等に話した時みたいにえらそぶった講談口調で言うたらええねん。お題目は俺等も一緒に考えたるし」 「記者会見は俺等もおんねんから、フォローは考えんと、好きなように言うたらええねん」 「俺とかが言う、とか言い出したら厭やねんやろ?」 細川、柴田は実に嬉しそうに次々に児玉に話しかける。 「……えーい、くそっ! やったろやんけ! そのかわり、口から出任せ、言いたい放題の計算なしでいくからな! どないなっても知らんからな!」 ついに児玉は降参した。 「どないなっても、お前がお笑いコロニーの野望を捨てへんの判ってるから、ええんとちゃうか?」 細川は言葉の返しようもなく黙ってしまい、柴田はカカカと笑いながらそんな児玉の肩を何度も叩いた。 |