野望実現計画 (8)
記者会見は土曜日の昼三時。テレビの生中継を幾分狙った時間帯である。ワイドショーで取り上げられてもなあ、という気がない訳でもなかったが、まさかゴールデンタイムを分捕るわけにも行かない、とコロニー構成員でテレビ局のプロデューサーでもある金村に言われて皆、そのまま引き下がった。 最初は研究の非公開性についての説明と質疑応答がなされる。記者達は、自分の知らない事はそのまま世間が知らない事である、という理論のもとに、何故世間にひた隠しにしてきたのか、と非難めいた口調で質問する。 細川は一世の三十歳までの記憶により、嫌らしい人間性というものを知っていたし、児玉は漫才家としてテレビにも出ていたのでマスコミというものがどんなものか知識は持っていた。しかし、大勢で押し寄せて質問の責任が分散するのを良いことに好き放題言い放つ態度に二人とも血管ぶち切れそうな気がした。 矢面に立つ戸田社長は四苦八苦しながらも丁寧に答える。あまりにも返答に詰まった時、柴田が口を挟んだ。二十歳前後にしか見えない青年三人のうち一人が突然説明を始めたことに対して、記者群は驚きの表情を隠せなかった。 ひとしきり話が一段落ついたところで戸田社長と研究室長が同席の三人についての説明をした。普通の人と何ら変わりのない細川・児玉・柴田の存在に、記者達は驚きと好奇の色を見せた。 三人の紹介直後、記者達の三人に向ける目は多少同情的ですらあった。だが、柴田が柴田商社の発足と輪廻転生契約についての履歴を説明し始めると、それは異端なものを見る劣等感と排除の目となった。柴田側はそんな記者達の反応は予測したものであり、動揺することはなかった。しかし、そんな予測は当たってもさほど嬉しくない。むしろ不愉快である。だが、そんな気持ちはおくびにも出さず、柴田は繰り出される質問に、無表情に、時には微笑みながら答えていた。 「あるレベル以上の目的、って先ほどから何度も言われてますが、それを決めるのが柴田さん達の主観、っていうのは問題があるんじゃないですか? それに、その目的を遂行するかどうかの確認はどうするんですか?」 柴田のワンマンぶりに腹を立てた記者の一人が喧嘩腰に言った。 と、柴田はちらりと横にいる児玉とその向こうにいる細川を見――また記者人の方を向く。 「実施していただくことが条件となりますので、もし達成できなければ何度でもお金を払っていただいて転生できます。というか、転生していただきます。確認なんか、簡単ですよ。一人に一人担当がつきますから。――ようするに、それだけの覚悟がある人だけ、ご活用下さい、って事ですね。 「皆さん、先程から私のワンマンぶりに腹を据えかねておられるようですが、私は自分のしたいようにするために会社を興したわけですから――まあ、人間としての良心をなくした訳ではないですけど、転生を果たすべき程の目的があるわけですから、その為に手段を選ばない、って状態ですかね」 言いつつ、柴田はにこやかに笑う。 「その目的、って具体的にはどんなものなんですか?」 女性記者の声が甲高く響く。あちこちから似たような質問が起こった。 さあ、来たぞ。――三人は思った。 記者達は今日の記者会見の目的は柴田商社の商品の一つ、輪廻転生プランにあると思っていた。 しかし、三人にとってはこの記者会見は「お笑いコロニー計画お披露目会」に他ならなかったのである。 「その件につきましては私より、こちらの児玉の方が詳しいので児玉の方から報告させていただきます。蛇足ながら、私が柴田商社を起こし、クローニング、記憶注入技術に関する特許等を掌握したのは、この児玉の意志に賛同し、彼と細川と共にその夢を叶えたいと思ったからです」 その場の空気が静まり返り、視線が児玉に集まる。 児玉はすっくと立ち上がった。 「えー、私がただいま柴田君の御紹介に預かりました児玉です」 「何政治家みたいな挨拶してんねん。立たんだかていいやろが」 つい、細川はツッコミを入れてしまう。 言われて、児玉は少しいちびった顔つきで席に着いた。 そしてまず、自分が三世であることを説明する。 研究時の人体実験として二人が申し出たことを説明する。時にはボケる。細川がツッコミを入れる。 二十歳の若造の言うことなので多少は仕方のない奴だ、という雰囲気が漂う。 「――と、まあ、その話は置いといて。実は私、お笑いコロニーなるものを作ろうと考えています」 冗談の続きのような顔をして、児玉はさらっと言った。 一瞬、人々は静まり返り、今の児玉の言葉の意味を考える。 「基本的に居住区にはお笑い芸人に住んでいただく。で、農耕、牧畜とお笑い番組で食べていく、と。できれば政治的にも独立したいですね。それだけでは生活が成り立たない、というのなら宇宙ステーションとしての部分も作成することも考えています。 「構想、下調べ、設計、そして居住者の選定、製作――何年掛かるか判りません。でも、作りたい、と思いました。そして、住もうと思いました。世の中全てギャグで染め上げてしまえるお気楽な世界を作りたいと思いました。でも、不老不死は叶わない。しかし、幸いにも輪廻転生はできました。だから、私は転生したんです。夢が叶うまで、何度まで転生するつもりです。多分、私はお笑いコロニーの完成を見ることはできないでしょう。でも、児玉信行はそれでも夢が叶うまで、生き続けます」 ひとときの、沈黙。 そして、場は騒然となる。 予測されていた嘲笑。茫然。揶揄。 何がコメントで何が質問か判らなくなる。 「とにかく――」 児玉が口を開く。と、再び場は静まった。 「世間一般の方々に迷惑になるような事にはならないようにしますのでご安心下さい。 「色々とおっしゃりたいこともありましょうが、私は本気です。しかるべく未来に向かって、着実に歩んでいます。その辺の票稼ぎの政治家の公約なんかよりはよっぽど確実でしょうね。まあ、どれぐらいかかるか判りませんが」 「少なくとも此処におられる方々は皆さん亡くなられてるでしょうね」 これまた児玉と同じように自信満々の笑顔をたたえて細川が隣から口を挟む。 「時々派手な立ち振る舞いもするでしょうが、妨害したいのなら、どうぞ。嬉しくはないですけど、判りにくい悪意よりは判りやすい敵意の方がいいと考えてますので。協力した人、一緒にこのプロジェクトにのっかりたい人は遠慮なく申し出て下さい。覚悟があるなら歓迎いたします」 茫然とする記者陣に、児玉は自信に満ちあふれた堂々とした笑顔をたたえて語った。 もはや、誰も口を挟もうとしなかった。 後に、その場にいた記者の一人は友人にこう語ったという。 「あいつら、あほかかしこかのどっちかでしかないわ。そら、構想が中二、っていうのは納得いくわ。そういう年頃、っていろんなどでかい夢持つもんな。そやけど――普通、そこまで実行するか? あの細川、って子もそうや。一緒にやっていこうとするか!? あれで年は俺より上で――ああ、もう信じられへんわ!」 その日の夕刻からのニュースは一番にお笑いコロニーの話が出て、翌日の新聞の一面は児玉の写真がでかでかと載り、後日特番や特集雑誌が販売されたりした。 周囲の動きは激しくなったが、それぐらいで自分のペースを乱される細川児玉ではなかった。 時間は着実に過ぎ、野望は少しずつ現実へと姿を変えていく。 発案の一世。 協力の二世。 公表の三世。 資金の四世。 着手の五世。 制度の六世。 そして――完成の七世。 およそ三百年余の時間を費やして、お笑いコロニーは完成した。 まだ、居住区も充実しておらず、宇宙ステーションも活動していない。だが、完成式は行われ、細川と児玉はまだ何もない見せかけの大地とまばらに生えた木々の広い円柱の町に入った。 「……できたんやな」 足手まといになっては、と制作中一度もお笑いコロニーに来たことのなかった児玉が胸一杯の様子で呟いた。 「ああ。できた」 細川は嬉しそうに言った。 「此処に、愉快で変な人たちが住んで、アホな生活を繰り広げんねんな」 「お前を筆頭としてな」 まるで科白を用意していたかのように細川が言う。 「何をおっしゃるウサギさん」 「そんならひとつ背比べ」 「ちょっとまてや。背比べやったら俺の方が負けるやないか。せめて早食いにせい」 「なんでそこで早食いがでんねん」 「俺が勝つのが判ってるから」 「〜〜〜。ま、ええわ。今日はめでたい日やし、少しぐらい大目にみといたろ」 「何がや」 二人とも最高の気分なので、出てくるギャグも軽い。今後のことを考えるとまだまだ困難は待ち受けているであろうが、ハード面はほぼ出そろいひとまず大きな一歩を進めた充実感が体中に広がっていた。 「今、何人ぐらい希望者おるんやったっけ?」 「四百人ぐらい。確実なんはな」 「全員、柴田と契約してるんか?」 「二三割まだの人もおるみたいやけどな」 「みんな、お前が面接したんか?」 「殆ど大本の奴やしな。どんな環境でもひょいひょいなじめて、人間好きで、お気楽で、なんつってもギャグが好き――厳選されたメンバーや」 「……。げんせん……」 「何や?」 「いや。まあ、環境になじみやすのは嬉しいな。此処は遠近感がなんか変やし、広げるつもりやけど世界は狭いし」 「何と言ってもオチがない」 「――何?」 児玉が嬉しそうに言うのを聞いて、細川は理解できない様子で聞き返す。 その児玉の表情は見慣れたもので、そういう時は次の瞬間にはしょうもないギャグが出てくるのを細川は知っていた。長年のつきあいでお互いの行動パターンは判っている。(何を考えているかは判らないが) しかし、そのギャグがしょうもないことは判っていてもほぼ反射的に聞き返してしまうのも長年の相方としての哀しい性である。 「空がないから落ち(オチ)ない」 「……」 絶句する細川を、児玉はニヤニヤ笑ってみている。 くだらないギャグであるが、そのまま黙っているのもシャクなので、何とか言い返してやろう、と細川は脳細胞をけしかけた。この間、三秒。 「児玉、それは違うぞ」 「何がや」 「空がないけど周りが全てが地面やから、何処に行っても落ちるしかない」 「――!」 してやられた! という児玉の表情に、細川はニタリ、と笑った。 児玉は悔しがる。心底悔しそうである。悔しさの余り、独り言まがいのことを呟く。 「くそー、一世一代のネタ、いや、七世一代のネタやと思ったのに、そんな落とし穴があるとは気いつかへんかった! くっそー、せっかくコロニー作ったのに、このネタ使われへんかったら、意味ないやんけ」 「……おい……」 「細川、お前、責任取れよ! 俺の野望を打ち砕いたからには、これから一生つきあってもらうぞ!」 「一生って、次世代もあるから、二生とか三生とかちゃうんか?」 「おお、そうやそうや。まあ、取りあえず数生、っちゅう事にしとくか」 「そうやな――って、そやからボケてる場合とちゃうやろ!」 「なんや」 先刻の悔しそうな素振りはどこへやら、児玉は素知らぬ顔で応える。 「何や、っておまえ……まさか、野望の真の目的、って……さっきのベタベタネタ……?」 「おう。それを打ち砕きよって――覚えてろよ。ただじゃすまんからな」 「……俺……お前という奴がますます判らんようになった」 余談ながらこのネタは二人の胸の内に秘められることになる(細川のたっての願いによる)。 児玉の真の野望が本当にこのギャグにあったかは定かではない。 しかし、このお笑いコロニー計画はどんどん広がり、後に「銀河お笑い国」を作るまでになった事をここに記してもなんら支障はないであろう。 (おしまい) 初書 1995.6.19-7.7. |