野望実現計画 (5)

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 そんなこんなで中学三年生。俗に高校受験生と呼ばれる。
 二世達は順調に育っている。あと数ヶ月で誕生、である。
 細川・児玉は進路を決め、はずすことなく学区一の公立進学高校に入学した。
 理系的分野に興味を覚えた細川は最終的には宇宙コロニー設計の技を身につける。文系的分野に興味のあった児玉はお笑い系会社を設立し、お笑いの伝道師となる。
「お前の方が楽しそうやな」
 細川が、お笑いから離れてしまいそうな未来設計に不満らしく、口をとがらせる。
「まあ、理系の頭もないと困るしな。あと、最上が法律系で、渋谷が政治、西尾がマスコミで池上が経営……」
「高校でもおもろい奴はいくらでもおるやろうし」
「――漫才家としての道は今の所はあきらめとこか。この歳の記憶注入で、来世でも来々世でも、やり直しはきく」
「そやけど、今の記憶は今のうちに処理してもらわんと、覚えてへんのとちゃうか?」
「そうか……。しゃあないな。時々練習して忘れんようにしようか」
「れんしゅう……まあ、ええけどな」


 日本はまだまだ学歴社会。崩れかけてはいるものの、保守的なものの考えはそう簡単に揺らぐものではない。特にマス・コミュニケーションがからむと世論にも左右されやすい風見鶏政治は右往左往するものである。
 クローン計画にしても、お笑いコロニー計画にしても、世間に公表する機会を間違えれば、批判され、非難され、諦めるしかないということは充分に考えられた。特に、クローン計画については実現可能で臨床例もある、ということでいつ世間にしれても仕方がない、という状況にあった。実際、一般人はこの輪廻転生プロジェクトのリの字も知らなかったが、科学者達はその動向に注目し――学会でその成功が報告されてから、ずっと議論を行ってきた。
 細川・児玉の他にも実験体は多く、その数は30にも及んだ。うち、培養一年後誕生したのが二十五名。五歳まで成長したのが十五名。成人式を迎えることが出来たのは十名。細川・児玉に世達は特にしぶとく、最年長記録を伸ばし続け、還暦を迎えるまで生き続けることができた。
 話が先へ行きすぎた。ひとまず一世達の高校時代まで戻る。
 高校では漫才研究会はなかったものの、基本コンセプトが同じである落語研究会はあり「漫才? ええよ。ようするにお笑い、っちゅうことやん」という先輩達の軽い口車に乗って二人は落研に入った。
 二人の入った戸隠高校は、進学校とはいうもののあまり勉強一筋、といった雰囲気はなく、大学すら思わせるような自由な校風で、学生達はのびのびと変になっていった。
 その中で、細川・児玉はパワーを増大させ、落研を中心にお笑いコロニー計画の話を進めていく。そして中学の友人、後輩達にも継続して会う。二世達に笑いを仕込む。将来の設計図に沿うべく、勉強もしておく。
 忙しい人間に対して時間は冷酷である。着実に、しかも早々に日々は過ぎていく。一年は驚きの早さ。一ヶ月は見る影もなく過ぎる。一日は一秒で過ぎる。
「一日は八万六千四百秒やろうが」おっと細川のツッコミ。
 とにかく、そう思えるほど速く過ぎていったのである。「上手いことまとめよって……」
 閑話休題。
 いつの間にやら二人は大学生になっていた。
 とにかく中央への切り込み隊長として細川は上京した。
 そしてお笑い系の総元締めとも言える大本興業への切り込み隊長として児玉は残り、漫才の相方を大学で探し――いつの間にかパートナーの小此木真知という女性を恋人にしていた。
 二世達は小学校に入る。児玉や家族の努力の甲斐あって、ボケ・ツッコミをやらせたら右に出る者がいない学年の有名人になっていた。
 細川はエリート街道を突っ走っていた。一般的に言えば羨ましがられるのだろうが、根がコテコテベタベタギャグ体質の細川にとっては、昇進するにつれ周囲がくそ面白くもない人間だらけになっていくので相当ストレスをため込むようになった。
 母の木綿子、そして退職して帰国してきた父の陽介は、息子がまじめなエリートの道を進んでいることに不服そうだった。
 大学卒業後、その件について両親は細川を攻め――「俺かて別にエリートになりたあてこの道選んだんとちゃう!」とついにお笑いコロニー計画について家族に話してしまった。
 両親の絶句。
 しかし、それは細川の予想していたような自失茫然による絶句ではなく、感動によるものだった。
「健一……お前、俺の知らんあいだに成長したんやなあ……」
 深く感動したぞ、と言いかねない口調で陽介は言った。
 木綿子も、子供だとばかり思っていたのに、いつの間にそんなに大きくなって、としみじみという。
 自分の親がどれぐらい一般世間とずれているか知らなかった細川は両親のこの反応にあきれた。
 妹の実知は細川の予想通り、楽しそうに応援のエールを送ってくれた。
 この家族の追い風により、細川は勢いづき、エリート界の異端児、改革者として君臨してやる、と開き直った。
「しかし――実知はともかく、親があないに喜ぶとは思わんかったなあ……」
 小、中学校、高校、大学時代の細川・児玉の同級生、先輩後輩から人材を厳選してピックアップし、お笑いコロニー作成員(作る人)と構成委員(住む予定のあるお笑い人――と言っても生きている間にお笑いコロニーが出来るとは思えないが取りあえずの仕事は結構ある予定)を二人して勝手に決め、明日委員会を児玉家で行うことにした。
 議題や報告についてまとめるため、二人で話し合おう、ということで会ったのだが――相変わらず雑談、ボケ、ツッコミの応酬でなかなか話は進まない。
「実はうちの親と似たようなもんやったんか」
 細川の溜息まじりの言葉に、児玉はししし、と嬉しそうに笑った。
「そんな、『野望持て』なんちゅう極端な事言わへんけどな。普通の会社員してたし」
「まあ、普通の国家公務員してるようなやつでも、お笑いコロニー作成、なんつうとんでもない事考えてる奴もおるけどな」
 児玉の言葉に細川は一瞥をくれただけであった。
「さて、お仕事に入ろうか。いつまでもうだうだ話してても進まへん。まずはリストの方やけど――俺の知らん奴も結構おるなあ」
「俺の知らん奴もおる」
「言うても、お前から話し聞いてるしな」
 細川・児玉を除いて作成委員は七名、構成委員十二名。
「まあ、構成員はお前と小此木ちゃんが大本興業に入ったら、増えるやろ」
「作成委員の方は細川の方が人材集められそうやな」
「……お笑いコロニー、作らへんか、なんつう誘い方しても、みんな『何言ってるんだ、こいつ』っていう反応しかせえへんやろうけどな」
「まあ、それでも一人や二人、細川みたいな変わり種はおるやろ。お前みたいな」
「……。そういや、拳治と新治はどないしとんねん」
 そのテの話題は墓穴堀大会になってしまうと判っているのか、細川はさっさと二世達のことに話題を移した。
 児玉は嬉しそうに笑う。まるで二人の親父みたいやな――児玉の笑い顔に、細川はそんなことをふと思った。
「小学校でお笑いコロニーの話してるらしい」
「……」
 絶句している細川を、児玉はにやにやと笑って見ていたが、ふ、と真顔に戻った。
「? どないしてん?」
「いや――ちょっと最近、あいつら見てて……ちょっと悩んでるねん」
「何を?」
「記憶注入の件」
「悩むも何も、まだ確立されてへんねんやろ?」
「確立は、な」
「――。メド立ったんか?」
「動物実験――猿の動物実験で、成功率八十パーセント」
「……その残り二十パーセントは?」
「抽出時に失敗したんと、注入時に失敗して何も入らへんかったんと――脳が破壊したんと」
「注入された方の?」
 児玉は頷く。
「抽出される方はまず脳が破壊することはあらへん、って」
「……人体実験、するんか?」
「成功率が百にちかくなるまで、もう少し動物実験続けるらしい」
「成程。それで、何悩んでんねん」
「拳治と新治見とってな、俺、こいつらとか自分の子供とかにお笑いコロニーの件引き継いでもらってもええかなあ、とか思って」
 少し困った様子でそういった児玉を、細川は凝視していた。
「細川はどない思う?」
 細川の沈黙が少し長かったのか、不安を覚えた児玉は細川に意見を求める。
 細川はうつむいて笑っているようだった。
「お前……そういう可能性も考えんと、すぐに輪廻転生での目的達成を考えとったんか?」
 思いもらぬ問いかけが返ってきて、児玉は「はあ?」と思わず間の抜けた声で聞き返した。
 その返答の様子で細川は、児玉が「子供に目的を継いでもらう事」を全く考えてなかった事を知った。
 そして、半分茫然としながら、半分愉快な気持ちにもなった。
「それでこそお前、っていう気もするけど……やられたわ。普通、でっかい夢持って、達成でけへん、って思ったら子供に託すのが普通やと思うぞ。そういう事、一片も考えんと、即座に輪廻転生に行くとは…‥」
 ホンマに困ったやっちゃ、と言いたげな細川の笑いに、児玉は戸惑いつつ
「そやかて、輪廻転生踏まえた上で何か野望打ち立てよう、って思ってたんやから――」と答えた。
「ああ、そうか。そうやったな」
 笑いの名残を見せながら、細川は納得した様子で頷く。
「まあ、何というか――記憶注入が成功するか、それ以前に実施されるか、俺は知らんし、クローン自体、そうバンバン作ってもらえるか判らへんけど――他人に、野望をそのまま受け渡して、叶えてもらうのを期待するのはやめといた方がええんとちゃうか。まあ、自分から、手伝いたい、主だって動きたい、って言う奴がおったらそれに越したことはないやろうけど。一代限りの夢でええと思うで。死んでしもたあとはどうせ自分には関わりのないことやし。なんか束縛してるみたいでいやや。児玉はそう思わへんか?」
「……思う」
 児玉はそう言い、嬉しそうに笑い、細川の両肩を両手でぽんぽんとたたく。
「……いやー、お前、ってホンマ、ええ奴やわ!」
 楽しそうに大声で言う児玉のリアクションに細川は訳が判らず「俺がええ奴なのは言わんでも判っとるわい! 何や、あらたまって!」と半分照れ隠しの大声で返した。
「すまん。ちょっとお前の決意の程を確かめたかってん」
 いちびった表情で児玉はそういった。
「は? 決意を確かめるぅ? 何や、それ」
 さっぱり訳が判らん、といった風情で細川は返す。
「まあ、今の話、別に嘘やないんやけど――此処で、細川が輪廻転生プロジェクトまでして自分でやる、って言わへんつもりやったら、細川のお笑いコロニーにかける気持ち、ってそんなもんか、って感じで今後主な計画は一人で組み立てようか、って思っとったんや」
 分かり難い児玉の説明を細川は理解した。
「つまり――そこまで自分の意志を貫く気がなくて、人に譲れてしまうような野望やったら諦めてまえ、って事を言いたくて、俺をためしたんか?」
「まあ、そういう事かな。諦めてまえ、って程強くは排除はせへんけど、委員の一人、っていうレベルまで落ちてもらおうか、と」
「何を思ってそんな事……」
 細川の言葉に、今まで児玉が浮かべていた困ったときの照れ隠し笑いが、自分の厭な気持ちを押し隠すような、少し哀しげな笑いに変わる。
「なんや。どないしてん」
「いや、別にどない、って程のもんやない。ちょっと、俺、自分が空回りしてたような気がしてな」
 そんなもん、今更何を言うてんねん――といつもの細川ならやり返していただろうが、児玉の落ち込みようは今まで例を見ない程で、そんなちゃかせるようなものではなかった。
 細川は軽く、溜息をつく。
「空回り、って――人にお笑いコロニーの話したら引かれてしもたり、その時は賛同してたくせに、いざ実施、となったら尻込みしてしもて色々口実もうけて結局逃げられたり、とかか?」
 細川の淡々とした言葉に、児玉は目をむいて相方を見ていた。
「図星か?」
 児玉は声もなく、二三度頷く。

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