野望実現計画 (4)

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 その日の児玉家の話題は素人名人会から始まった。家族は、自己顕示欲の強い児玉が名人賞を取れなかったことに対して苛立ちを持っているかと多少気を遣っていたのだが、児玉は野望を打ち立てたことに気分を良くしていたので何ら問題は生じなかった。
 食事も終わりかけ、というときに児玉は輪廻転生プロジェクトの話を切りだした。父の哲也は何か野望があるのか、と児玉に訊ねる。児玉は、待ってましたとばかりにお笑いコロニーの件について語った。
 大規模、広視野、かつ大間抜けな野望にさすがの両親も絶句した。ただ、夏は大喜びし、そんな物が出来るのなら、自分も輪廻転生してそのコロニーに住んでみたい、と大はしゃぎしていた。
「ひとまずは細川とやって行くつもりやけど――まあ、まだ詳しい話はぼちぼち決めていくわ」
 親も驚く大野望を打ち立てたことに得意げな気持ちになりながら、児玉はそういった。


 一方、細川の方は家族に対してそれ程打ち解けてはいなかったので、児玉の野望にはふれず、素人名人会の話をしていた。
 木綿子は今まで息子の漫才をまともに見たことがなかったのだが、家族の応援、という形で見に行き、名人にはなれなかったものの、想像していたよりずっとおもしろかった、と楽しそうに感想を述べた。
「ネタは、まあ、基本的なとこやろうけど――間の取り方がええわ、テンポが」
 手放しにほめられて、細川は照れるほかなかった。
 プロになったらええのに――木綿子はそういった。
 学歴社会に乗って平凡な生き方をするのも良いが、特異な社会で不安定ながらも自分の体一つで生きていくのもいい物だ、と木綿子は言った。女ながらもその豪快さと気配りで営業課長までのし上がった木綿この言葉には、その人生を思わせる重みがある。
「お父さんもビデオ見たら喜ぶやろうなあ」
「近所には配らへんの?」和美が口を挟む。
「いやいや、あんまり配ったらもったいない。そのうちプレミアつくかもしれへんし」
「何の!」
 母の言葉に細川はつい、ツッコミを入れてしまう。
「え、いや、そのうち有名になった時の……」
 母は、と笑いながら木綿子は答える。さすがに浮かれまくっている自分が恥ずかしくなったらしい。
 そして、その日はそれ以降その手の話題にはふれなかった。


 次の日は月曜日。放課後は慢研活動が行われた。まじめな佐川先生は真剣に昨日の細川・児玉の演目の反省点について語る。
 今まで佐川先生が漫才についての講釈を述べている時部員は茫然とそれを聞いて(聞き流して?)いるだけであった。
 しかし、今日は違った。
 細川が提案して、佐川先生の講釈に対応して、隣で細川・児玉が具体的に実演をして見せたのである。
 佐川先生が話す。二人が語る。佐川先生が解説する。二人は納得し、もう一度語る。
 今まではかったるい語り役で生徒からうっとおしがられていた佐川先生の存在が、なじみやすくなってきた。そして、体で知ることによって、細川・児玉は笑いを理論的に見ることを知る。


 中二の夏休み――細川・児玉は忙しかった。
 お笑いコロニー計画の青写真の作成、輪廻転生プロジェクトの実験体としての検査――ついでに宿題。
 お笑いコロニー計画は決して二人で達成できるような生半可な計画ではない。また、自分たちは何度も再生するから今の自分は完成を目にすることはないものの、いつか自分は、お笑いコロニー計画を実現させ得るだろう。(この二人、計画が挫折してしまうことなど全く考えてはいない様子である)だが、この計画に協力してもらうであろう人たちは志半ばにして人生を閉じてしまうことになるだろう。果たして、そのことが判っていながら協力してくれるだろうか。
 笑いのセンス、ギャグに対応できるセンスというものは幼少のうちに仕込んでおかなくては身につかない。だから、お笑いコロニー形成以前から、更に笑いを世界に浸透させなくてはいけない、等の意見の一致をみた。
「世界、って――英語とかで漫才するんか?」
 細川がふ、っとまじめな顔で言った。
「……まあ、英語で落語するぐらいやからできるやろうけど……その辺、ってやりだしたらはまりそうで怖いよなあ」
「お前凝り性やもんなあ。まずは外国人の笑いの質調べるとこから始まりそうや」
「その辺は佐川先生が調べてくれそうな気がするな」
「――確かに。そやけど、外国圏、ってパフォーマンス系か、使い古された『ブラックジョーク系』が主で、漫才、なんちゅうのはないとちゃうか?」
「調べてみんと、何とも言えんのとちゃうか。それに、なかったら作ったらええやんけ」
「……もうハマリかけてるぞ、お前」
「えっ、いやいや、冗談や、って。それより、みんなが漫才のために日本語習うようにしむけたらええねん」
「……それは、かなり苦しいと思うぞ」
「そやかて、仏典読むために梵字勉強する奴かておるやん」
「それとこれとは……」
 そんなこんなで話は続く。話は続くが進みは遅い。計画すべき事柄が多すぎて、いっかな収拾のつく様子を見せないのである。
 その一方で、クローン計画は動き始めた。成功すれば一年後には細川・児玉の二世が誕生する。
 但し、記憶注入についてはまだ技術が確立していないため、二世に行うには間に合わない、という結論が出た。
 それ以前にクローンといえども一人の人間、記憶注入など行わず、自由に生きていく権利があるはずだ、という議論もなされていた。
「そんなもん、俺に言わすとやな――目的もなくクローン作るからそないなるんや」
 佐川先生のいない漫研活動は雑談会と化す。お笑いコロニー計画に、勢いで協力する羽目になった漫研部員七人に、児玉は力説していた。
「それに、そのもとの人間が生きてんのにクローン作っても混乱するだけや」
「言うたかて僕らのクローン作ってしもたがな」
 細川がついツッコミを入れる。
「それはそれ、これはこれや」
 児玉はあっさりとそれを流してしまう。
「そやけど、まだ記憶注入が技術的に無理やったら、結局その今育ってるクローンは普通の、児玉とは違う普通の人になるんやろ?」
 最上がまじめな顔で言う。
「何でそこで『普通』を二回も繰り返すねん」
 答えが判っていながら児玉はツッコんでしまう。
「そらお前が普通とちゃうからやないか」
 答えたのは横にいた細川だった。
「そうかー、普通とちゃうかったんかー、どおりでみんなと話し合わんと思ったあ――って、ちゃうやろっ!」
 思わず半ボケツッコミをしてしまう児玉。
「おーい。そんな遠くへ行かんと、俺に話をさせてくれ〜!」
 本題にはいる前に別のところで盛り上がられてしまった最上は手足をばたばたさせて二人の話に割って入った。
「したらええやんけ」
 つれない児玉の返事に、最上は絶句するほかなかった。
「まあまあ最上さん、その、今育ってるクローンが普通の人やから、何です?」
 際限なく続くと思われた余談を切り上げさせた分別のあったのは、一年生の池上智代であった。
「うん、そやから――その人の人権とか、って、どないなるんやろうな、と思って。戸籍とかの問題もあるやろうし」
「そんなもん、俺の知ったこっちゃない――と言いたいとこやけど、細川と俺の二世については、我が家が養子としてお出迎えする予定や」
「え!? ……それ、ってなんか――お前はクローンや、ってばればれの環境とちゃうんか?」
 最上とペアを組んでいる渋谷が心配そうに言う。
「そういう、精神的なことも込みの実験、って割り切ってるところもあるんやろ。そういうことを知った時のショックとかを乗り越えられへんケースがあったら、倫理的に見て、こらあかん、ってやめてまうかもしれへん」
 プロジェクトが中止になれば、自分の計画予定に狂いが生じると判っている割には淡々と言い、児玉は細川を見た。
 細川はそれに答えるように、そういうこっちゃな、とこれまた軽く言う。
「やめてまう、って――中止になったら、困るの自分らやろうが」
 最上が二人の淡々とした様子にあきれて言う。
「困る。そやけど、そやから、って、輪廻転生にばっかりかかわる、っちゅう本末転倒なことしてる暇ないしな」
「そうそう、それはそれで、諦めて突っ走るか野望スケールを小さくしてひとまず達成して往生するか、ってとこかな」
「そうそう」
 二人して息のあったところを見せる。
「ちょっと――まじめな質問してもええですか?」
 池上が沈黙を破る。
「何?」
「その、輪廻転生プロジェクト、ってね、確かに、児玉先輩が何度も生まれてくる、って事になりますけど――何か、こう言うたら、児玉先輩がぎょうさんおるみたいで怖いな」
「なんか言うたかああああ?」
「あ、いえ、何も! 何も言うてません! それでですね! まあ、幅広い視野で見たら、確かに、野望実現に向かって児玉先輩が動いてる、って事になりますけど――今の児玉先輩は志半ばにして倒れてしまうわけでしょ? それでええんですか?」
「うん」
 一も二もなく、にっこり笑ってこっくり頷く児玉。
「……」
「まあ、それ言うたら、逆に協力してくれる最上とか池上等の方そこ、何処まで行けるか判らへん段階で途中下車せなあかんやん。――まあ、倒幕、とまで極端な話やないけど、最終的に行きたいところへ行けるんやったら、行ける、って信じられたら、それで満足や。悔しくないと言えば嘘になるけどな」
 リーダーたる者、容易に動揺を人に見せてはならない――細川・児玉はこの意見の一致をみていた。完璧過ぎる人間像は人に好意を抱かれにくいが、かといって人間くささや優柔不断さばかりを協力者に見せていては、人も動揺、危惧するばかりで物事が先へ進まなくなる。基本的に自分たちが完璧になる筈もないので、取りあえずおろおろしたり、行く道を見失う事のないようにしょう、と二人は話をしていた。
 そんな二人の確固たる姿勢に、うまうまと漫研部員はそうとも知らずにはめられていたのであった。

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