野望実現計画 (3)

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「いつ、そんなお笑いコロニーの話考えてん」

「――」
「――というか、下地は色々あるんや。それを全部くっつけたら、こうなった、っていう」
「どんな下地や……」
「まあ、それは亦後で説明するけど――実はこの野望にはまだ先があんねん。聞きたい?」
「……まあ、言うてみい。聞いたろやんけ。ここまで来たらとことんまで、や」
 大げさに太い声を出して細川は言った。驚きついで、という開き直りが細川にそんな声を出させたのだろう。
「先と言うより、時間的には手前になるのかな? まあ、お笑い人間の育成と、それが出来るほど俺等が偉くなるまでとで相当時間喰うわな」
「ああ」
「そこで、コロニー作るだけの金、まあ頭金の分だけでも金もうけて、お笑いコロニー作りたいんですけどいいですかー、って申請して許可が出るまでに時間かかって、それから移住させて――結局、相当時間喰うわな」
「……お前、そこまで具体的に考えてるんか?」
「こんなもん、具体的のぐの字にもならへんわ。ちょっと考えたら判るやろ。やる気さえあればな」
 そういう児玉は非常に楽しそうである。細川は、児玉が「やる気」なのを知った。
「まあ、そんなこんなで――少なくとも数百年はかかるやろ」
「数百年!? ……あ、いや、そうか、コロニー作るとこ迄やるんやったらそれぐらい……いや、もっとかかるか」
 納得したようにぶつぶつ呟く細川に、児玉は頷いてみせる。
「それやったらいくらがんばっても俺等一代では無理やろうな」
「後継者育てでもするんか?」
 児玉は今度は首を横に振った。
「自分のこの目で完成を見ずして何のための野望や」
「そしたらどないすんねん。数百年も生きるなんか、無理やぞ。冷凍睡眠でもするんか? そやけど、その成立の過程も楽しいんやろ?」
「うん。そやから、輪廻転生しようと思って」
「……」
 絶句。
 凝固すること約十秒。
 しばらく、児玉はそんな細川を面白そうに観察していたが、いつまでも覚醒しようとしないので細川の目の前で手をひらひらさせた。
「だいじょーぶかー?」
「……俺はその科白、そっくりそのままおまえに返したい!」
「へ? 何でや?」
「……お前……輪廻転生、って……お前は天草四郎時貞か、ダライ・ラマか!」
「俺は児玉信行」
「ええい、そんなベタベタな返ししてどないすんねん! 何でそこで輪廻転生が出てくんねん!」
「しかし、ダライ・ラマはまだいいとして、天草四郎時貞、ってなんやねん……」
「なんか映画でなかったか? 沢田研二が出てくる」
「……『魔界転生』か?」
「そうそう、それそれ! ――って、手叩いてて喜んでる場合とちゃうやろが! だいたい、輪廻転生、ってしようと思って出来るもんとちゃうやろが。前世の記憶を持って、なんて更に無理やろっ。――それとも、お前、その技拾得したんか……?」
 言いながら、細川はすすす、と児玉から離れる。
「いや、俺は普通の人間やからそんなことはでけへん」
「けっ、普通の人間、ときやがった。普通の人間が、そんなとんでもない無謀を考えて、しかも実行しようだなんて思うもんか」
「なんかいったかあああああ?」
「あ、いやっ、何もない! ホンマホンマ。――で、輪廻転生、ってどないするつもりやねん、お前」
「人には科学というすばらしいアイテムがあるやろうが」
「……何で宗教がらみから突然化学に話が移るねん」
「化学とちゃう。科学や」
「ええやないか、別に。意味はちゃうけど口にしたら一緒や」
 口にしたら一緒の言葉の違いに何故児玉が気付いたかここでは気にしないことにする。
「――で、何が科学やねん」
「クローニングと記憶注入による輪廻転生」
 児玉はあっさりと、少し嬉しそうに言う。細川、亦もや茫然とすること十秒ほど。
「クッ……それこそ、そんな技術形成するまで待ってるだけで死んでまうやないか!」
「俺が何の根拠も無しに言うと思うか?」
「思う」
「……ほそかわくん〜、そこであっさり答えられたら、俺の立場はどないなんの〜」
「今の俺の立場に比べたらまだ居場所があるやろうが。――だいたい、世界の産業がお前にそないに優しいはずがない」
「何を根拠にそんなことを。この世は善人には上手く事が運ぶように出来てるもんやねんから」
「善人……。まあ、悪人ではないやろうけど……。変人とちゃうんか?」
「それこそ人に言えた義理かいな」
「なにいっ! ――と、まあ、ええわ。いくら長さに制限がない、言うたかて話が進まへんかったら作者も飽きてくるからこれぐらいにしといたる」
 ……。
「で――その、科学力に対して、何か心当たりがあるんか?」
「細川は、俺の母ちゃんが長越大学の助教授や、って知ってるな?」
「ああ、それで父ちゃんは医学部の教授、やったっけ?」
 ホンマすごいよなあ、と言外に含ませる口調で言う。
「ああ。それであとアメリカの方の大学とで、共同研究してるんやて」
「……。何の」
「クローン人間の」
 日常生活に押し寄せてきたサイエンスフィクションの波にもまれ、細川は溺れてそのまま何処かへ行ってしまような気がした。
「――それで、今度は人体実験にはいるとこで、実験体探してるとこや、とでも言うんか」
「いやー、ご名答! さすがは相棒、判りが早い!」
 波は思ったより高くて大きかった。嬉しそうな児玉の顔が波の向こうに消えようとする。
「記憶注入についてはまだ研究途中らしいけど、ひとまず俺等が死ぬまでに使用可能になったらええし、兄ちゃんもその方面に進む、とか言うてるしな」
 波を物ともせず、児玉の声が細川に届く。細川が言葉を返すまで、児玉は我慢強く待っていた。
「その――人体実験のモニターになる、って話は家族にはしたんか?」
 細川の言葉が具体的な物であるのを見て取り、児玉は満足そうに頷き――あらためて、首を横に振った。
「この野望は今考えたとこや、って言うたやろ?」
 そんな色々のこといっぺんに覚えてられるか、と細川は言いかけたがそういやそんなことも言ったか、と思い直して黙って頷いた。
「――まあ、このお笑いコロニー野望を思いついた下地がある、って言うたけど、これが、その輪廻転生プロジェクトでな。飯の時に親がその話して、兄ちゃんもそれに加わって盛り上がっとったんきいて、俺はそれを踏まえて更にでかい野望を持ちたいな、と思ったんや。まあ、親はもしか輪廻転生が必要になったら口きいといたる、って言うてくれたしな」
「それ、輪廻転生プロジェクト、って言うんか?」
「いや、ホンマは英語の長いプロジェクト名の頭文字取って何とか、って名前がついてるらしいけど俺みたいな子供に言うても判らん事やし、外部にもらすんもまずいらしいしな」
「――外部に漏らしてまずい話を何で子供にすんねん」
外部やないようにするつもりやからやろ?」
 児玉の何気ない言葉に、細川は自分の足許が泥沼化しているのに気付いた。
 しかし、此処で気付いたとて何ができよう。
「まあ、言うたかて、詳しい事説明されても判らへんし、この、今生きてる俺自身にとっては成功しても失敗しても、あんまりかかわりのない事やけど。細胞いくらか渡してクローン作る、って言うだけの事やし。そやけど、実験台で、ていう理由やったら金は払わんでもええからな」
「クローンの人権とか、記憶処理とか、新しい環境に対してとか、戸籍とか、いろいろあるやろうが。どないなんねん」
 実際に輪廻転生プロジェクトにかかわっていく、と言う気になったのか、細川は具体的な事柄に対する質問をする。
「その辺、父ちゃんとかがどない考えてるんか、よう判らん。まあ、少なくとも今までに例にないことやから、法律に引っかかる、っていうことはないやろ。そのうち問題が起きたらあわてて禁止令とか出すかもしれへんけどな」
「……問題、って……」
「その辺は、一回親とも話してみんとな。――輪廻転生プロジェクトの方は取りあえず置いとこ。それで、お笑いコロニーの方やねんけどな――」
 置いとこ、って言われても、そんな大きな落とし穴ほったらかしで置いといてええんか? と細川は泣き叫びたいような気持ちだった。しかし、児玉はそんな細川の様子など物ともせず、話を進める。
「今のとこ、宇宙コロニーって、四つ、できてるんやったっけ?」
「出来てるのは一個やろ? 他の三つは――あと、十年ぐらいで一つは完成、とか言うてたような気もする。他の二つは知らん」
「まあ、コロニー作成技術はほぼ構築されてる、って考えてもえええやろ。問題は――コロニーを作らせるだけの権力と金をどないして手に入れるか、やな。それと、お笑いコロニーにふさわしい人間をスカウト、育成させなあかん」
「ど、どないして、って……。いっそのこと、出来たコロニー侵略する事考えた方が早いんちゃうか?」
 細川が物騒な事を言う。
「そんなん、コロニー作るところからかかわっていくのがおもろいんやないか。それに、四つのうち一つは一般用に、って取りあえずは考えられてるみたいやけど、それでも一般人メインの設定にはなってないやろ。やっぱり、自分が気に入りそうな作りにはしたいやんけ」
「その気持ちは判らんでもないけど……かなり時間かかるやろ?」
「そこはそれ、輪廻転生プロジェクトで」
「そら、俺等はええかもしれへんけど、居住予定のお笑い人間とかをどんどん新陳代謝させなあかん、って言うことで無駄な労力使うことになれへんか?」
「……なるほど。――いや、俺、今、お前と組んでで良かったなー。俺一人やったらそこまで色々気ぃ回らへん」
「俺はお前と組んだことを半分後悔してる」
「何で?」
「こんな泥沼にはめられるとは……」
「――で、あとの半分は何やねん」
「……。おもろいと思てる」
 少し照れたように細川はししし、と笑い、そんな細川に児玉は手でゆっくりとツッコミを入れた。

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