夜の訪問者

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 私がその夜の訪問者に気付いたのはずいぶんと昔の話だ。
 家が山に近い事もあって、小さい頃から私は自然に恵まれた生活をしていた。
 都会の人間が言うほど羨ましい環境にいるとは思わない。そして、都会の人々が言うほど不便な環境にあるとも思わない。
 朝は鳥のさえずり。雨戸を開けるとその音で一斉に庭から鳥が飛び立つ。
 昼は空の蒼さ。鮮やかな新緑に包まれた山との色彩の艶やかな対比。
 夜は虫の声。
 うしがえるの響き。朝方の蝉。春先の山鳩。短く響く山雉の声。
 逃げ出したくなるほど大量のオニヤンマ。逢魔が刻、上空を羽ばたく蝙蝠。足許をすり抜けるトカゲ。
 そして――
 夜、天窓に張り付くやもりの影。
 いつやって来るのか、いつ去っていくのか、そこまで注意深く天窓を見続けている訳ではないので私は知らない。
 ただ、外の暗い世界を移す天窓に、十五センチほどの、吸盤の付いた手を広げて張り付いているやもりの白っぽい影が、何気ない日常の一環として私に何某かの楽しさを与えてくれた。
 何故、やもりは天窓に張り付いたまま動こうとしないのか――その理由はすぐに判った。
 暗い夜、光目指して走る虫は人家から漏れ出た光に引き寄せられる。そうして安住の地を求めて集まる虫達を労せずしてやもりは食することができるのだ。
 そんな珍妙な訪問者の存在を私は密かに楽しみにしていた。
 やもりの存在を両親に教えたのはまだ言葉も覚束ない一歳児の甥だった。
 ただ、甥はヤモリに怯えているようだった。
 兄一家は都心の便利なところに住んでいる。人が「子供の為に環境の良いところを――」と口をそろえて言うのはこんな風に、恐るるに足らぬ異種生物にすら怯えてしまう弱さを持ってしまう可能性を少しでも減らすためなのだろうか。
 しかし、私だとて天窓にいるやもりを怖がる事はないものの、手でつかむのは何処か憚られる。
 そうこうして泊まりに来ていた甥は家へ帰り、再び両親と私、三人の日々が始まった。
 甥が示した事で両親はやもりの存在に気づき、特に父はその事を気にするようになった。
 夜、家にいる時は食事と寝る時以外父は殆ど居間にいる。つまり、居間の電気は殆どいつもついている。
「ほら、亦来てるぞ」
 私が残業で遅く帰った時「ただいま」「おかえり」と声を交わした後、唐突に父は言った。
 確かに、指された天窓にはやもりの影が映っている。
 しかし、それで一体どう言う反応を示すべきなのか。ひとまず「そうだね」と答え、鞄の中から洗い物を取り出したりした。
 父は騒ぐテレビに頓着もせず、やもりを見ていた。その顔は少し嬉しそうだった。
 
 夜の訪問者の存在は、父の中で少しずつ大きくなってきたようだった。
 夜の八時から九時ぐらいに姿を見せる事、天窓の網戸のついた窓にもう一匹やもりがいるらしき事、などを父は調べ出していた。
「おもしろいやっちゃなあ」
 テレビを見ていて、CMに入るとテレビのチャンネルをぐるぐる変えていたのが、今ではCMに入るとやもりの方を見上げるようになっていた。
「ペットでも飼えば?」――父のそんな様子にそう言いかけて……やめた。
 そう言ってしまう事で、私は何かを失いそうな気がしたのだ。
 「何か」。
 私はそれを判っている。
 父が、老いたこと。私もいなくなってしまう事。やりきれない孤独。それを無意識の内に打ち消そうとする慰め。
 ……
 どうせ、ペットを世話するなんて面倒なこと、する訳ないもんねー、言ってもどうせ無駄だから言わなかったんだよ、などと自分に向けた言い訳を心の中で呟く。
 自分では癒してやれない父の孤独。自分のその要因の一つとなっているであろう父の孤独。
 父は、自分ではそうと気づかずに、どこかひょうきんさを感じさせるやもりを見ているのだろうか。
 言葉をかけられない。かけてはいけないような気がする。
 ただ、父の「またきてるぞ。ほれ」という夏の間殆ど毎日のように繰り返される言葉に気のない頷きを返し、母の「毎日その話ばっかりだね」と言ううんざりした様子に苦笑いを浮かべるだけだった。

                         (おしまい)
                         初書 1997.8.27.

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