手土産を持って・その1
嘘をつく大人が嫌いだった。 何も知らない、何もわからない無垢な心の子供だった。 「人の言うことを信じさない」と言われ、その言葉を信じた。 自分を導いてくれるであろう大人たち、ともに歩んでいく仲間たちの言葉は信ずるに足るものだと思った。 そして、自分も人に信じてもらえるよう、正直な言葉を伝えようと心に決めた。 そんな愚かな刷り込みを、大人たちはどうして子供に施そうとするのか。 自分たちが果たせなかった清廉潔白な理想郷を子供たちにプロデュースしたいのか。それとも、自分が子供だった頃裏切られたトラウマを子どもたちにも埋めつけようとしているのか。 僕は素直なまますくすく育った。 そして、裏切られた。 人の言葉をそのまま受け取ると「言葉の裏を読め」。 嘘を指摘すると「言葉の綾だ」。 気持ちを正直に語ると「もう少し状況を考えろ」。 今まで教えられてきたことは一体なんだったのか。 まっすぐに育てと言われてまっすぐに育った心は柔軟にたわむことを覚える前に挫折に会い、ボッキリと折れてしまった。 人の言葉を信じられなくなった。 信用するに値しない言葉を軽々と発する人々が恨めしかった。軽蔑した。 社会の潤滑油としてちやほやされる社交辞令が大嫌いだった。そんなことを言う輩も嫌いだった。 そんな屈折した青春を過ごし、僕の心は未分化のまま、大人になった。 夜、九時。 約束もなしに人の言えを訪れるには非常識な時間だ。 心にもない社交辞令を述べる大人には、僕は天誅を加えることににしている。 全てに対応していては僕の体が持たないので、気に障った言葉にだけだが。 自分の何気ない言葉に真っ正直に対応した僕の姿をみて、軽はずみな調子のいいことを言った大人は「何でそんな言葉を正直にとるかなあ」と嫌な顔をする。 中には偽善者の塗料で愛想のいい表情を浮かべる人もいるが、その腹の内は知れてる。しかし自分の言葉に縛られて「帰れ」「やめろ」等の言葉が言えず、自己矛盾に苦しみ、自分がいかに愚かな言動をしたか反省するのだ。いや、反省させねばならないのだ。 三度ほど、僕はこの家に来たことがある。 高校からの数少ない友人、松川の家だ。 「どちら様ですか?」 インターフォンから声が聞こえた。 「安来(やすき)です。洋(ひろし)君の友達の。この近くまで来たもので、軽くご挨拶でも、と思いまして」 常に「良い子」として育ってきた僕は、こういう場面で反感を買うような言動は決してとらない。僕が非常識なのではなく、、自分の発した言葉が軽はずみで考えなしだった、と気づかせるために、僕は非の打ちどころのない態度を取らなくてはいけない。 「あらっ! 洋はいないですよ? 知ってる。 判ってる。 「ええ、まあ、本当に、ついでにご挨拶でもと思っただけで」 「あらまあご丁寧に。すみません、少々お待ちくださいね」 おばさん特有の明るい声。しかし、僕の耳はその裏にある嫌悪の声を聞き分けられる。 この近所まで用事でやってきたのは本当だ。 ただ、この三か月間、松川の実家を訪れる機会を僕はずっとうかがっていた。 松川は三か月前、結婚した。 二十四歳での結婚だから少し早いだろうか。大学が別々になってからは年に数回会うぐらいで、結婚相手もほんの三回あった程度だ。何故かスピーチをする羽目にはなっていたが。 松川自身、ざっくばらんな性格で、やつの性質をそのまま反映したような結構披露宴は陽気で気楽で楽しめた。新郎新婦が客に酌する披露宴なんて見たの初めてだ。 そのまま終われば単なるいい思い出として、心の引き出しに収納できたはずだった。 新郎新婦と同じように、両家の両親(新婦の両親までもが)あちこちにふるまい酒をしていた。 そこで松川の親父さんは言ったのだ。「洋はいなくなりますけど、いつでも遊びに来てください!」 おじさんにとっては何気なく言ったであろう社交辞令だっただろうが、この一言が僕の心をかき乱した。 本当は僕のことなど覚えちゃいないだろうに、調子のいい事言いやがって。なら、お望み通り、行ってやろうじゃないか。息子の友人、っていうどこにも接点のない若造をもろ手を出迎えたい、って言うんならな。 玄関に電灯がつく。扉を開けて僕を出迎えたのはインターフォンに出た母親ではなく、親父さんだった。 「どじょうさん、いらっしゃい!」 門を開け、数歩進んだところで親父さんが明るく陽気で大きな声で言った。 僕は「安来」という名前から「どじょう」というあだ名をつけられることが多い。僕の好みから言えば好ましくないのだが、名字が名字なので仕方がない。 しかし、友人の父親にまで「どじょう」と呼ばれる筋合いはない。 松川曰く「俺が家でお前のことを『どじょう』って読んでるからやろうな」だそうだが、それにしても息子の友人をあだ名で呼ぶのはいかがなものか。 「いや、でも気を遣って『さん』つけてるだろ」という松川の意見もピントがずれている。 気持ちは判るがどういう問題ではない。 「結婚式では『どじょうさん』はやめてくれよ」と松川に伝えていたらちゃんと「安来君」と呼んでくれたのだが「いやー、どじょうさん、って呼ぶなって言われたからねえ」と申告したら何の意味もない。 聞くところによると松川の親父さんはどっかの大会社の役員らしいのだが、そんな風格はみじんも感じさせない。松川より二回りほどざっくばらんな性質の持ち主――に思えた。 だからこそ調子のいい社交辞令をやすやすと口にする様にいら立ちを覚えたのかもしれない。 「これ、大したものじゃありませんが」 玄関まで出迎えに来ていたおばさんにおかき詰め合わせセットを渡す。 「あら、わざわざありがとう。まあ、上がってください。お茶でも入れますから」 「何言ってるんだ、ビールに決まってるだろ! ビール!」 「お父さん、もうたくさん飲んだでしょ!」 「まあまあどじょうさん、ゆっくりしていってください」 おばさんの言う事など全く聞かぬ声で親父さんは楽しそうに言った。 僕は嫌な予感が足元からじわじわとよじ登ってくる感覚を覚えた。 いや、違うな。 道端にごみが打ち捨てられているのを見て「どうして誰も拾わないんだ」と怒って拾ったら正体不明の地球外生物の死骸だった――そんな感覚。 実際拾ったことはないが。 親父さんのハゲ頭は赤かった。 そういえば吐く息も酒臭い。 声も、比較すべき記憶のストックはないが大きいような気がする。 正真正銘の酔っ払いだ。 |
なんだかもうわかったような気がする続きを読む
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