手土産を持って・その2
自分も家族も酒を飲む習慣はないものだから、テレビ番組みたいに晩酌する家が実在するとは思ってなかった。 僕のあいまいな否定は打ち消され、おばさんがビールとおつまみを持ってきた。 500mlのスーパードライが二本。 親父さんがプルタブを上げ、二つのコップに注ぐ。 途中で気づいて「注ぎますよ」と言ったが軽く否定され、いつの間にか何のためか判らないが、二人でコップを合わせて「乾杯!」などと陽気に行っていた。 酒は飲めない訳ではない。どちらかというと強い方だろう。嫌いなわけではないが、習慣づいてる訳ではないから付き合いで飲む程度である。 「今日はこちらの方にはお仕事ですか?」 機嫌よさそうに親父さんが話を振る。 「はあ」 「たしか、柏原産業の営業やってるんでしたね」 ――この親父、なんでそんなことまで知ってる!? スパイでも雇って俺の身の上を調べたのか? 「え、ええ――そこの、国道からこっちの方に上がってきたところに、呑み村、てできるんですよ」 「ああ、園田の造園所の隣ですな。最近は植木屋も不景気だからどんどん土地を手放して行きよりますわ。呑み村、って名古屋が本社のチェーンですな」 「え? あれ、ってチェーンなんですか?」 「こっちの方にはまだ進出してないから知名度は低いですが、ここ数年は売り上げた伸びてるみたいですよ。ほらタイエーの専務、あれが子会社作ってその事業の一環で飲食店展開したひとつですわ」 ――さすが酔っぱらっても役員様。次から次へと経営ネタは尽きない。 「けど、国道からこっちは土地は安いけど人も少ないですからなあ。まあ、植木屋のおっさんどもがどれぐらい来るかですね」 あんたもおっさんだよ。植木屋じゃないけど。 と、心の中でツッコミを入れるものの、それを口に出すだけの勇気(勇気なのか?)は僕にはない。 自分から切り出した話題と言えば、親父さんのグラスが空になった時に「どうぞ」と言ったぐらいだ。(話題じゃないな…) 用意されたビールはまたたく間になくなり、この期を逃しては――と思った瞬間。 「おい、母さん、ビール!」 と親父さんががなりたてた。 「お父さん、安来さん、明日も仕事なんですから――」 少しして部屋に入ってきたおばさんの言葉に僕は救われた気持ちになって振り向いた。 ……って、言ってることとやってることが違うだろ! どうしてお盆に500mlの缶ビール二本とチーズとサラミとトマトが彩りよく盛られた皿を乗せて持ってくるんだ! 大人はうそつきだ。 そんな社交辞令にすがらなければいけない自分の状況と、その状況に自らを追い込んでしまった自分の判断に歯噛みしたい気持ちで僕は空のグラスを親父さんに向けた。 腰を据えてきいてみれば親父さんの話はネタ満載で楽しいものだった。 人、会社、それぞれの関係、土地、その経歴、文化。 うんちくめいた知識をちりばめつつ、自分もその風景の中に入って大暴れしている様は、辛苦をなめて世を渡った人の話術であり、内容だ。起伏があり、退屈する暇がない。 普通、この年代の人の話題といえば子供と回顧主義に彩られた昔ばなし、どちらにしても僕には縁もゆかりもない、耳を貸す気にもなれない話だろう。そう思ってた時が僕にもありました。 しかし、先ほどから親父さんの口からは洋のひの字も出てこない。 会社よりの話だが僕にも理解できる話ばかりだ。 だいたい、なんでこの人は僕の勤めてる会社、僕の住んでる土地についてこんなに詳しいのだろう。やはり僕に関しての調査をどこかで……。 いつの間にか目の前にあった空缶は片付けられていて、自分たちがどれだけの量を飲んでいたのかわからなくなっていた。 しかもビールを入れたグラスを持っていたはずが、燗した酒を入れたお猪口を持っている。 酒に酔った頭が親父さんの声をバックに陽気な歌を歌う。サウンドオブミュージックの家庭教師のヒロインとともに歌い踊る小人。ハイホーハイホーさあ歌いましょう…… 「安来さん、電車大丈夫ですか?」 何度目かの入室で、おばんさんは言葉とはうらはらにまた二合の徳利を持ってきて言った。 「え?」 まだ頭のの中でぐるぐる回るメロディーをバックに僕は腕時計をのぞき込む。 電池が切れて進みが遅くなった時計というものはよく見るが進みすぎる時計というものは珍しい。それとも僕の知らない間に十何時間かごしで時計が遅れてしまったのか。 僕は部屋の壁時計を見た。十一時半。今、時計で見た時間と一緒だった。 最寄り駅まで歩いて五分。そこから乗り継ぎ一時間の道のり。 ……午前様じゃないか。 「何なら泊まっていきますか? 津嘉山やったらここから二時間で着きますよ」 「い、いえ! とんでもありません!」 「帰られるんなら車でお送りしましょうか?駅まででも」 「え…?」 この、僕同様ベロベロに酔っぱらってるおっさんの運転で…? 「ああ、それがええ。母さん、車用意したって」 「はいはい」 なんだ、おばさんの運転か…そりゃそうだよな……よかった……。 明日も仕事なことに不安を覚えつつ、僕は鞄を持って立ち上がった。 目をつぶると頭の中でぐるぐると白黒の円盤が回って色づいていくのが見える。 親父さんの頼りない先導に従って、門を出る。既に出たところに車が用意してあった。 「いやもう、歩いて五分の道ですし、判ってますし……」 「まあまあ、こんな時間までお引止めしたせめてものお詫びです」 親父さんに後部座席のドアまで開けられては乗らないわけにはいかない。 ――で、何で親父さんは助手席に乗り込む!? 「いやしかし、どじょうさん、強いですなあ」 走り出した車の中で、親父さんは実に嬉しそうに言う。 「いやもうベロベロですよ。たくさんよばれまして、本当に有難うございました」 たかだかと徒歩五分の道のり、車はあっというまに駅に着いた。 やれやれ、最寄り駅までの電車はなさそうだ。途中からタクシーかな……この酒は明日まで残りそうだ……。 ――時には、本心から社交辞令的な言葉を発する人、っているもんなんだな。これからは気を付けよう。 「ああ、どじょうさん! 今日は本当に楽しかったです! またいつでもいらしてください!」 軽くあいさつを交わし、車を降りると親父さんは窓を開けて酔っ払い特有の大声で言った。 酒のせいで鈍くなった頭の中で、警鐘がドラのような音でなる。 「はい。是非」 電車で寝過ごしてこれ以上遅くなるわけにはいけない状況にあったが、今の僕は起きていることが苦痛だった。 少しも建設的な組み立てができない鈍い思考力しか持たない頭脳はぐるぐると自己嫌悪の回し車を走っている。 大人はうそつきだ。 うそつきな大人は嫌いだ。 特に、内容のない美辞麗句を並べたり、気持ちの伴わない社交辞令を述べる大人は軽蔑に値する。 ……じゃあ、さっきの僕はいったい何だ。 気持ちのこもった社交的な言葉を勝手に中身のないものだと勘違いし、自ら泥沼にはまり、ようやく抜け出せた喜びに、心にもない社交辞令を投げ捨てた僕は。 今の僕にとっての終着の駅に着く。 これから待ち受けるタクシー待ちの長さを熟知しているらしきお仲間の一部が走り出す。僕にはそんな体力も気力もない。 ――楽しくなかった訳じゃない。 状況をとらえ損ねて泡くってうなずくしかなかったが自分がなんだか負けたみたいでヘコんでしまっただけだ。 友人の親父さんと飲み友達? 別に松川という枠を取り払ってもいいじゃないか。 酔っ払い特有の気の大きさが、今の僕の気持ちを湧き立たせているような気もする。 けど――やってやろうじゃないか。 自分が、自分の軽蔑するような大人にならないためにも、自分の言葉を真実にしてやる。 初書 2002.6.11. |
わかる人にはわかるかもしれませんが、、モデルは父です。あ、親父さんの方ね(わかっとるわ)
タイトルは最初「恐るべき大人達」だったのですが、これはいまいち、と考え直しまして。
「友人の実家に遊びに行ったらまるで異世界だった」とかイマドキなタイトルも考えたのですが、絶対後程後悔するだろう、と
やめました。(でも個人的には面白かったのでここでは書いておきます)
そうして無難な感じの「手土産を持って」に。
でもこれ見た人にこのタイトル言われても全然このお話思い出せないだろうなあ。
「酔っ払いの親父さんの話」とか言われたほうが思い出しそうです…。
昔、友達が家に遊びに来た時、何故か友人と私と父で飲む形になりまして。
話の主導権はほぼほぼ父が握ってまして。
それが元ネタです。
大学生だったか、就職してすぐだったの頃で友人の家に遊びに来る、ってことで(泊りだったかなあ)夜を明かして
コイバナなどに花を咲かせるつもりだったかもしれない友人には悪いことをしたなと思います。
いや、いい思い出だったと思います。
ずっとそのことネタにしてましたから。
父のインパクトが強かったということで、その友人の結婚式の写真アルバム作ってあげた時、表紙に父の写真を
使ってあげたらむっちゃウケました。(いや、ちゃんとしたアルバムも作ったんだけど、失敗した写真とか使ってネタ
アルバムも作ったんですよ。その表紙ね)
さすがに友人本人がいない実家に乗り込むような友人はいないのでフィクションです。はい。