地球にて
ノア達は去って行った。私は残る。
太陽が膨らむ。私と、他に残った者は間違いなく死ぬ。
(君はまだ若いんだから)
(大丈夫。向こうの星は地球そのものだ。何も心配することはない)
(どうして一緒に行かないの?)
何故、ここに残る? ……私自身、よく判っていない。
彼等は地球のものを殆ど宇宙船に積み込んで去って行った。
老人や、責任感の強いものが、地球と運命を共にするという。
(地球に残って、一体何をするというんだ?)
(飢え死に、乾き死にだぞ!)
……水がなくなる。緑が消えてしまう。そして、全ての生命が死に絶え、太陽に呑まれる。
それより前に、病気などで死んでしまうかもしれない。
死は、怖い。
けれど、私は地球に残った。
向こうの星に着いたら、彼等は年老いた赤い太陽を捜すだろう。そして、新しい、忙しい生活の中で、ふと地球の事を思い出し、胸焦がすだろう。
しかし、その時、地球はもう、昔の青い宝石ではないかもしれない。
彼等は子供を産み、自分達の住んでいた地球という星について思い出話をするだろう。
その時、私はもう白骨と化しているかもしれない。
子供達は成長し、太陽を見つけては親達の歴史を育んできた地球に望郷の想いを抱くだろう。
しかし、その時、地球はもう太陽に呑まれているかもしれない。
(何故、そうまでして地球に残ろうというんだ?)
ノア達は去って行った。自分達の道徳をひきつれて。地球のものを持って行って。
残されたわずかな者は、皆、穏やかな目をしている。
一体、何を見ているのだ?
はるか昔の想いを? この緑の地球を? このわびしい蒼い空を? 赤い太陽を? 哀しい将来を?
……無限。
私は地球に残った。
何故だかはよく判らない。
判っているのかもしれない。
地球を思い出したくないから。望郷の想いにかられたくないから。地球を捨てる事によって新しい何かを捜し求める人間が嫌だから。太陽になりたいから。これ以上宇宙に迷惑をかけたくないから。自由に行きたいから。
一人で宇宙に手を振る。ノア達に手を振る。
二度と会えない、二度と会わない人たちに、さよならと手を振る。
ただ、これから生き続ける時間が長いか短いかの違いだ。
人類だって、これからの永遠の中で、いつかは滅びるだろう。ただ、それが早いか遅いかの違いだ。
しかし、私はこの違いに気付かない人々を愚か者というつもりはない。
例え、いつかは滅びると判っていても、いつかは死ぬと判っていても。
彼等は懸命に生きているから。
私は手をおろした。
空には赤い太陽。
ノア達は、去って行った。私は、残る。