河内音頭に抱かれて・4
4.恋の予感 「あれ? 中野さん、奇遇だね」 合宿も一ヶ月を終え、初夏の風が薫る土曜日。 寮に戻ったついでにそこらをぶらぶらしていた秋は霞を見かけた。 話しかけられて無視する法はない。スーパーの袋を持って、煙草を買っている秋にめざとく見つけられた霞は反射的に固まった。 あこがれの花の東京ライフ。 人との同居を嫌って無理してマンションを借りたものの、実はそこが男子寮から歩いて十分の所にあったのは迂闊だったといわねばならない。しかし、高い礼金のことを考えると軽々と引っ越しするわけにも行かない。 ひとまず入社直後は合宿に入る、ということで外で会社の人間に会うこともないだろう、とタカをくくっていたのだ。 「おはよう――買い物?」 「ああ。中野さんは――今行くところ?」 「う、うん」 「ダイエー?」 言い乍ら、秋は自分の持っているダイエーの袋をがさがさと持ち上げる。 反射的に霞は笑ってうなずく。 最初の一週間の研修で秋は霞の存在が気になってはいた。特に、自己啓発発声での河内音頭のお囃子をつけてもらってから、どうにか霞と一対一で話す機会をうかがっていた。 グループの中で話していても、自分のネタふりに笑う霞のタイミングがいつも自分の思うとおりで、自分の心にストン、と入る込むことを感じていた。 第一印象はどうということもなかったのに、話すにつれ、少しずつ霞に惹かれている自分に気付いたのはほんの一週間ほど前だった。しかし、どうにも霞が自分のことを苦手に思っているらしい、と感じられる節があり、そのため、自分はそんな想いは抱いていない、と恋と呼ぶにも淡い心を打ち消してきたのだった。 しかし、ぱっと明るく笑った霞に、秋は「アカン。参ってしもてるわ」と自分に敗北宣言を出した。 「中野さん、今日、暇?」 「え? だから、今から買い物に行くけど」 「家、この辺?」 「ん、うん」 「女子寮入らへんかったん?」 「一人の方が気楽でええもん」 「そやけど、この辺も家賃高いやろ?」 「そらまあ、そうやけど――」 ふっと、霞の顔に緊張が入る。最近は、家族と電話で話をしていても殆ど姿を見せない大阪弁が知らず知らずのうちに、しかもかなりの「濃さ」で出ていたことに気付いたのだ。 「『そらまあそうやけど』?」 霞の心の内を読んだのか、秋はにやにやして聞き返す。 「何でもない。かなり安いところ選んだから、大丈夫よ。無駄遣いもしないし」 「まあ、ずっとこっちにおるんやったら、その方が居心地ええやろうけどな」 秋は買った煙草をダイエーの袋に入れ、ダイエーの方に歩き始める。 「? 上田君、帰るんとちゃうの?」 「ん、いや――中野さん、お茶にでも誘お、思て」 秋はにこにこ笑っている。 年齢は二つ上なのだが、そうした人なつこい表情を見ていると、同い年にしか思えない。 しかし、いざ統率力を発揮したりすると、ああ、大人だなあ、だなど感心させられるのだから、不思議な人である。 「思て、って、そういう事、本人に言う?」 「へい彼女、僕と一緒にお茶しない?」 「駄目駄目。今時、そんなダサダサな誘い文句じゃ小学生もついてこないわよ」 「小学生連れていったら誘拐騒ぎになるがな。それに、俺はロリコン趣味はないねん。射撃範囲はプラスマイナス五」 「へええ、年上も五まで大丈夫なの?」 「大丈夫、というか許容範囲」 「ふうん」 「それは置いといて」 秋は袋の音をさせ乍ら小さな荷物を目の前から横によける仕草をする。言葉に自然に手、場合によっては足がついてしまうのはサービス精神大過剰の大阪人の風習なのだが、秋自身はその事に気付いていない。 「それ、ってどれ?」 「ああ、これ? 俺の好みの年齢層の話」 言い乍ら秋は横によけたはずの箱の蓋を開け、中を覗く。 「ああ、えらい中野さんでかい顔して座ってるわ。これは一緒にお茶飲まなあかんわ」 「何で『飲まなあかん』になるんよ!」 秋の茶化した言葉の心意を訊ねたいと思いつつも、想像通りの返事が来るのも怖くて、霞は秋の言葉にツッコむにとどめた。 何やかんや言い乍ら、二人の足はダイエーにたどり着く。 「何やったら昼飯おごろか?」 「ええの? そんな豪気なこと言うて」 「ええで。そんな豪気なこと言うても」 秋はまたにやにやしている。意地悪そうな、からかっているように見える秋の様子に、霞は自分が大阪弁を使っていることに気付いた。 上田君、って私がわざと大阪弁使わないようにしてるの、知ってるんかなあ。 「先に買い物すませてまうか? 荷物持ちしたんで」 「ん――先にお昼ご飯にしよう」 「さては人に言えんよなもんを買うんやな〜」 「へっへっへ、よくお気付きで」 思いよらぬ霞の反応の良さに一瞬秋はひるみかけた。しかし、これごときでひるんでしまっては河内男の名が泣く。 「そちの申すことなどはわしにはお見通しじゃ」 はっはっは、と秋は殿様になって笑う。その様子に、霞はまた自分が秋のペースに巻き込まれてしまったことに気付いた。しかし、自分でも意外であったが、大阪にいた頃はいやだったこのテンポとベタさ加減が新鮮で、何故かしら楽しかった。 どうして秋が自分と話している時だけ大阪弁に戻っているのか、訊きたい気持ちは大きかった。しかし、問いかければ引き返せないところへ足を踏み入れてしまうような気がして、何も訊けず、またもや秋のペースに巻き込まれ乍らも楽しい時間を過ごした。 |
ベタベタのラブストーリィのまま5へ続く
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