呵々大笑 (かかたいしょう) 8
8.恋愛前線進行なし いかに無責任な提案であろうと、それ以上(それ以下もだが)の妙策を思い浮かばないけい子にとっては、取るべき道は一つしかなかった。すると――必要なのは男性協力者である。 暫く考えあぐねた後、けい子は吉朗に協力を求めることに決めた。四人組で行くからには、残りの一人はけい子はもちろん、他の二人にとっても面識のある――出来ることなら好感を持って話せる人間の方がよい。 (……と。その前に、みっちゃんにたーくんの事、雨田君に話してええか訊いてみんとまずいやろうな……) 思い立ったら吉日、早速けい子はみさに電話をしてみた。 「――かまわん?」 ――……できるんやったら言わんといて欲しいけど……。雨田君、口堅いかなー? 「そういう事やったら大丈夫やと思うわ。雨田君て、見かけはちょっとぼけっとしてるけど、中味は結構しっかりしてやるから」 ――……。判った。けーこちゃんに任せる。 「ん、任せて」 安請け合いとも取られかねない調子のいい返事で電話を切り、再び高校の住所録を繰り、プッシュホンを押す。 呼び出し音は四回。 それでもけい子は軽く苛立っていた。 ――はい、雨田でございますが。 出たのは絵梨であった。 「あ、野際ですけど、吉朗君おられますか?」 ――ああ、野際さん? ちょっと待ってね。今トイレに入ってるから。 「……」 (あのきれーな顔でそういう科白をサラッと言うとは……なかなかやるな……) 何がやるのかよく判らないが、けい子は呆気にとられた後、にやりと笑った。 受話器の向こうからオルゴール音が聞こえる。メロディは『禁じられた遊び』。昔、電話用のオルゴール、って作ったような気がするなー、とけい子は茫洋と思い出していた。 ――待たせてごめん。何か用? 「あ、トイレの時にごめん」 ――トッ……! 姉貴! 野際さんに何言うたんや! 何、って……ホンマの事。 そんな余計な事言わんでええんや! ――あ、ごめん。で、何? 「……実はな、ちょっと協力して欲しい事があんねん」 ――協力? けい子にしては下手に出ているという状況に吉朗は不安を覚えたが、ひとまず話を聞こうと聞き返した。 「うん。みっちゃん――田中さん、知ってるやろ?」 ――うん。野際さんと仲のええ……。 「うん。――で、そのみっちゃんが、やな。たーくんに惚れてんねん」 ――……。 「もしもし、聞こえてる?」 「――え? あ、聞こえたけど……。 「それで、二人をくっつけんのに、ちょっと雨田君にも協力して欲しいねんやんか」 ――……。 電話であるため、けい子には知る由もなかったが、吉朗はひたすら茫然としていた。 「あかん? 他に適当な人間浮かべへんし……」 ――別に、俺はええけど……。 「ホンマ!? いやー、助かったわー。一人やったら、こういう事うといし、どうも不安やってん」 ――俺も言う程そういう事に通じてる訳では……。 「いやいや、参謀はちゃんと他におるから大丈夫」 ――さんぼう……。 (参謀をたてなあかん程大事な事なんやろうか……) 「――で、みっちゃんとたーくんと、雨田君と私とでどっか行って――映画でも遊園地でも、どこでもええから行って、そんで雨田君と私とであの二人の会話を促進させて、あわよくば二人っきりにする! っていうの……どう?」 ――……まあ、うまくそうなったらそれに越した事はないやろうけど……。 「うまくするんや。――雨田君、夏休み、どっか日空いてる? もうあんまりないけど」 ――え? ああ、特に、は。バイトしているけど申し出たら日変えれるし。 「判った。そしたら、二人の予定訊いて、日とか決まったら追って連絡するわ」 ――うんそれじゃ。 「それじゃ」 ほぼ同時に二人は受話器をおろした。 「――野際さん、何やったん?」 勉強を一休みしてお茶を入れている絵梨がどうにも納得しがたい、という顔の吉朗に尋ねる。 入れてもらったお茶をすすりながら、吉朗はけい子との電話の内容を絵梨に話してみた。 「……野際さん、あの男の子とつきあってるんやないの?」 絵梨の驚いた声に吉朗はあいまいに頷く。 「寝屋川君の方は……多分……。でも、それが恋愛感情か、って訊かれたら、ちょっと返事には困るけど……。野際さんだって、口では結構寝屋川君の事無茶苦茶言ってるけど――」 「――どちらかというと、姉と弟、っていう感じ?」 「それとか親子とか。――こんな事言ったら野際さんにはどやされそうやけど」 「――その、田中さん、ってどんな子?」 少しずつ好奇心に駆られて饒舌になっていく絵梨に、吉朗は苦笑いを向けた。 「野際さんや姉貴とは対照的なタイプやな」 「……それ、どういう意味。――ま、ええわ。けど――まあ、この間一回あっただけの私が口突っ込むのも何やけど、寝屋川君みたいな子には姉さん女房タイプの方が合ってるんとちゃう?」 「俺もそう思うけど……」 互いに意見の一致は見たのだが、その意見を差し出すべき相手も今はおらず、二人は暫く黙ってお茶をすすっていた。 「……姉貴」 吉朗がうかがうような口調で絵梨に声をかけた。 「ん?」 「……やっぱり、大学、向こうで受けるんか?」 「ん。父さんも向こうにおるし……」 「向こうにおる、言うたかて……」 「吉朗も大学、一緒のとこ受けるか? 通ってから勉強せなあかんけど」 「おれは……」 少し困ったような吉朗に、絵梨は少し悲しそうに笑った。 「――ま、二年先の話やしな。友達とかもおるやろうし」 「……姉貴こそ――」 「何?」 言いかけた吉朗の言葉を絵梨がドスの利いた語調で押しとどめるような形となった。 「……いや。――言うたん?」 「……。誰に?」 「……鳥井さん……」 「通ってから言うたらええやんか」 「……」 夏休みも終わりに近づく頃、けい子の陰謀(?)により、四人は映画を見に行った。それぞれの趣味の違いもあり、映画の選出には困難を極めたが結局けい子の押しの強さで洋画のコメディーを見、喫茶店に行き、そこらをぶらぶらしてそれぞれの帰路についた。 「ただいまー」 店がまだ開いているため、信彦はいなかったが、美弥は夕食の準備で台所、巧は珍しく家にいて、居間でテレビを見ていた。 「おう、お帰り。どうやった?」 少し疲れた様子のけい子に巧は意気込んで声をかける。 「ん〜……ま、ボチボチ……って、とこかなー……?」 「見込みありそうか?」 「……」 「そうかー、ないんかー」 「――まだ何も言うてへんがな!」 「あるんか?」 「うっ……。そ、そんなん、これからや!」 我が人生に一点の悔い無し!と言いたげにけい子は握り拳を高く掲げた。 しかし――言い切ってはみたものの、不安はいっかな消えようとはしない。 どうにも人見知りするらしく吉朗とけい子に話したがるたつや。ひたすら照れて結局はけい子に話しかけてしまうみさ。 何とか二人の会話を成立させようとはするものの、どうにも空回りしてしまうけい子と吉朗。 所詮、恋の手管を知らぬものにキューピット役は務まらぬのか。 ――だが、世間一般の常識がけい子に事の不可能を訴え続けようとも、やらない訳にはいかない。 自分自身の為はもちろん、一度「手伝う」と言った手前、やり遂げなくては女の意地が泣く。石の上にも三年、と言うではないか。一度や二度引き合わせて少々見込みがないと言って放り投げる訳にはいかない。繊細の人の心、人間関係を扱うのだ。まんじりと、腰を据え、心してかからねばいけないのは当然である。 幸い、夏休みの宿題をする、という名目で明後日四人で会う。 みさと吉朗は殆ど宿題を終わらせている。出来るがやっていないけい子、問題外のたつや――そこで吉朗−けい子、たつや−みさの組を作らせば(かなり無理を感じるのだが)何とかなるはずである。 「成程、宿題か。お前のズボラな性格もちょっとは役に立ったな」 巧がにやにや笑って言う。 けい子はムッと不機嫌を顔に出したが珍しく反論しなかった。おそらくたつやとみさの件で頭が満杯状態なのだろう。 「前途多難、みたいやな。亦なんか策考えたろか?」 それはそれ、所詮他人事故の気楽さ。巧は陽気に難しい顔のけい子に話しかける。 「いや……今しばらくはこの方法でやってみる。あの手、この手、でたーくんが不審に思ってもまずいやろうし……ただでさえ、日頃よう一緒に帰るゆうちゃんやのうて、みっちゃんが来る、っていうのでちょっと変な顔――は元々……いや、そんな事はどうでもええ! とにかく、変な顔してたから……じっくりと責めて行ってみるわ。 「人の事やのに、大変やのー」 「……まあ、全くの他人事ではないし……自分で言い出した事ではあるし……」 「ま、頑張ってくれや。俺もボチボチ手伝ったってもええし」 「サンキュー」 「なんちゅうても、他人の色恋沙汰はおもしろい」 「……あのなあ……」 あきれ果てたけい子に、巧は豪快にあっはっはー、と笑ってみせた。 |