呵々大笑 (かかたいしょう) 7

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7.素敵な家族

 みさにたつやとの仲を取り持つのを「手伝う」とは言ったものの、さて、どうしたもんか。
 けい子はこういう事にはとんとうとい。
 極端な話、その辺の少女漫画や少女小説を読めば、恋の手助けの手管など腐るほど載っているのだが、そのたぐいの話を敬遠する、というか体質的に合わないため、あまり読まないけい子、結局、その手のことに鈍いままであった。
 そうこうして考えあぐねた結果、常日頃から「デートする」だの「あの二人をくっつけてやった」だのほざいている巧に助言を求めることにした。
「なあ、兄ちゃん」
 居間で、母がテレビを見ながら洗濯物をたたみ、父はごろ寝でテレビをみているのかいないのかあ、巧とけい子はツッコミを入れながらテレビを見ている団らんのひととき、けい子は何気なく巧に声をかけた。
「ん? 何や?」
 テレビを見たまま巧が応える。
 信彦がおもむろに「風呂に入る」と立ち上がり、バスタオルを持って居間を出ていった。
「ある男の子を好きな女の子がおってな――」
「何や何や、そのテの話か? おし! 俺に任せとけ! 何ちゅうても俺は百戦錬磨の強者や。何でも言うてみ」
「何? 何? けい子好きな人ができたん?」
 巧も美弥も愉快そうにけい子を見る。その勢いにけい子は珍しく口ごもってしまった。
「いや……その……私やのうて……その手伝いをして欲しい、って頼まれて……」
「――お前に?」
 そんな無謀な奴がおるんか、と言わんばかりの口調にけい子はムッとした。
「恋の手助け! そっか〜、けい子ももうそんな年やねんなー。――そやけど、けい子の方はどうなん?」
「それはええねん。今はそういう話とちゃうねんから」
「判ったから、とにかく話してみ。俺に任せたからには大船に乗ったつもりでええぞ」
 けい子が巧に向けた視線は信頼を寄せた、と言うよりは少し疑いの混ざったものではあったが、とりあえず経験豊富(自己申告)な兄に相談する気で口を開いた。
「実はやな……」
 ここで一呼吸。
「たーくんの事、好きや、っていう子がおんねん」
「――――」
 けい子の予測通り、巧は絶句した。
「たーくん、ってたつやくんやろ?」
 怪訝そうに美弥が訊ねる。美弥もけい子の言葉に半信半疑のようである。
「うん」
「……今日び、ああいうタイプがもてんの?:
「もて……る、訳やのうて、その子の趣味が変わってると言うか、変というか……」
 母と娘の会話をよそに、巧はまだ茫然としている。
「――で、たつやくんは?」
「え?」
「その女の子の事、なんて言うてんの?」
「んー、まだその事言うてへんから……。迂闊に言うて、大変なことになったらかなんし……」
「たつやくん、って、けい子の事好きなんやろ?」
 美弥の言葉にけい子の目つきが鋭くなる。
「その子もそない勘違いしてたみたいやけど。――せめて『好意を抱いてる』程度にしてくれへん?」
「言葉尻変えたかて、中味一緒やん」
「何処がや!」
「……けい子」
 未だショックさめやらず、といった感じの巧がようやく口を開いた。
 けい子、美弥が呆然の世界の巧を見た。
「どこのどいつや。そんな物好きは」
「……とりあえず私の友人やねんから、そういう言い方はやめてえや。その子自身はフツーの子やねんから。……よもやそんなこと思ってるとは……予想だにせえへんかったけど……予想もしたーなかった……」
「――で、協力する、って言うたんか?」
「当然や。たーくんに恋人ができてみ? 私はたーくんのお守りから解放されんねんで? これ程めでたいことはない」
「……。そしたらお前、たつやが邪魔やからその子に押しつけるんか?」
「――そう、なるか、な……。――ま、理由とか、そんなもんはどうでもええねん。要は、みっちゃんとたーくんをくっつける! これに尽きる!」
 けい子はすっかり盛り上がっていた。しかし、けい子の動機の不純さによるものか、「たつやに彼女を作らせること」の無謀さによるものか――おそらく後者であろうが――美弥と巧は今一つ盛り上がる、どころか完全にさめて呆けていた。
「なあ、どないしたらうまい事いくやろ?」
 ふと我に返り、困った様子でけい子が巧に訊ねる。こう言われては巧としては答えない訳にはいかない。
「……たつやはその子の事、よう知ってるんか?」
「え? ん……知ってはおるけど……特に仲がええ、っちゅう訳でもないし……」
「――それでよう、その女の子、たつやに惚れたなあ」
「やろう!? びっくりしたで、ホンマに。みっちゃんの、たーくんに対する描写聞いとったら……ホンマ、よくもまあそんだけ事実と反した事言えるわー、って感心してしもたわ」
 けい子が大声でまくし立てるのを聞いて巧はいちいち納得したようにうんうん頷く。
「恋する乙女心、っちゅうのはそんなもんや」
「……兄ちゃん……『恋する乙女心』が判んの?」
 思わずけい子が我に返って怪訝な表情で言った。
「え!? 巧、あんた恋する乙女やったん?」
 驚愕の表情の美弥。
「何? 巧、いつからオカマになったんや」
 のそのそと風呂から上がって居間に戻ってきた信彦がこの世の終わりを見るように巧を見た。
「誰がオカマや! 俺は女心が判る、っちゅう話をしてるだけや!」
 見事な変速三段論法に巧は爆発した。
「何や。女心の話か。巧、亦女ひっかけたんか? やめとけやめとけ、最後に泣くのはお前や。男はわがままやけど、女はそれ以上に身勝手やからな」
 信彦は実に嬉しそうに人差し指を立てて言った。父として、人生の先輩としての優しい進言のつもりなのだろう。
「はいはい、お父さんは話をややこしくせんと。明日も早いんでしょ? もう寝はったら?」
 洗濯物をたたみ終わった美弥が洗面所のタオルを持っていこうとして立ち上がる。
「何や、のけ者にしよう、っちゅう魂胆か? そう言うことやったら、俺は絶対寝えへんぞ。何でも話してみい。俺は受けて立つぞ」
 さすがに巧やけい子の親だけあってのりやすい体質である。
 これでけい子は父親にも事情――というほど大したものではなかろうが――を説明する羽目になった。
「――まあ、とにかく、や」
 ようやく話が本題に戻り、巧が切り出す。
「その子の事をたつやに印象付けるのが第一やろうな。それには――まず、二人がおる所にお前がおったらあかん」
 偉そうに言う巧を、けい子は「訳が判りません」という茫然とした顔で見ていた。
「……聞こえてるか?」
「うん。……そやけど、どないやってその場におらへんのに協力できんの? たーくんを遠隔操作でもするんか? 私、そんな正太郎君みたいなことでけへんで」
「……なんで鉄人28号やねん。まあ、考えてみ。その女の子とけーこと、二人がおった場合、たつやはどっちと話したがると思う?」
「……成程。そやけど、そやから、ってあの二人、二人きりにしたら、いつまでたっても話せんとずーっと黙ってそうな気が……」
「その女の子、無口なんか?」
「無口、って言うほどでもないけど、ちょっと内気かな。人見知りするし。ほやーっとしてるし……ちょっとたーくんに似てる所があるかもしれん」
「同病相哀れむ、ってか?」
「いや、みっちゃんの方はそんなひどない」
「こらけい子。一方を持ち上げる事で一方をけなしたらあかんやないか」
 それまで二人に背を向けて横になってテレビを見ていた信彦が突然口を挟んだ。
「何言うてんの。私は事実を述べてるだけや。ごちゃごちゃ口挟まんといて」
 扶養家族でありながらけい子は強い。
 信彦は一言二言、何か口の中で呟いたようだったがその声はけい子に届かず、そのままテレビに向き直ってしまった。
「――で、兄ちゃん、どないしよう」
「え? あ、ああ……そしたら、やな……。そうやな、形式的なダブルデート、っちゅうのはどうや」
「形式的なダブルデート?」
 次から次へとようそんだけ策がでるなー、と感心しつつけい子は繰り返した。
 巧はそうや、と頷く。
「もう一人、男を巻き込んで、四人でどこぞに行ったりして、お前はその男とばっかり喋る。そないしたら残された二人はしゃあないから二人の会話を始める! 要はきっかけさえあったらええんや。きっかけさえあったら、なんとでも落とせる」
「――で、兄ちゃんの的中確立は?」
 あまりにも自信たっぷりの言葉にけい子は思わず問いかけた。
「まあ、七〜八割……と、何言わせんねん!」
「え? いや……そやけど、それ、続いてんの?」
「――はっはっはっは……」
「巧。女遊びもええけど、変なのひっかけてくんなよ」
 テレビを見ていた信彦がつぶやくように言った。
「――まあ、とりあえずその方法でやってみろや。それであかんかったら亦別の方法考えたらええし」
 信彦の忠告をあっさり無視し、巧の話は続く。
 どうやら信彦はすねたらしく、寝たフリを始めた。
「んー、……そやけど、うまい事いくかなー?」
「普通は、それなりの成果を得られるもんや。普通は、な。そやけど、たつやとなると……俺には判らん」
「んな、無責任な……」

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