呵々大笑 (かかたいしょう) 22
22.物語はいつもなにがしかの予感をはらんで終わる 季節は移ろう。秋が来て、冬が来る。 けい子の罵倒で幕を閉じた誘拐劇は人々の頭に思い出としてのみとどまるものと化した。 克洋の半ば脅迫にも似た申し出で志郎はトンル教関係の誘拐の協力をさせられ――結局、警察が事件を解決したとして依頼料を値切られ、その為志郎は暫く克洋を逆恨みしてしまうのだが――すでに生け贄となったかわいそうな犠牲者以外は無事生還することとなった。 絵梨は大学に通ればアメリカに行くのだが、志郎には渡米の意志はない。吉朗は二人が特にしっかりとした約束をしなかった事に対して不服を感じてはいたが口を挟んでも耳を貸してもらえないだろう、と的確な予想をして、何も言わなかった。 ゆう子も、より子も変わりはない。 みさは口ではたつやを諦めたと言うものの、ふとしたはずみに視線はたつやを追ってしまうようである。 何度聞いてもみさはたつやの何処がよいのかについては口では説明できない、としか答えなかった。しかし、周囲の者や作者は(おや?)口で説明されてもやはり「何処がよいのか?」と問いかけてしまう事だろう。 巧も相変わらずのスチャラカ大学生っぷりを満喫している。 けい子が絵梨の話をするとその度に「いやー、なかなか美人やったのに、彼氏持ちとは……惜しい!」ともらし「やっぱりいい女にはすぐ男がついてまうんやなー。――で、けーこはおらんねんやろ?」と余計なことを言ってはけい子に蹴りをいれられた。 正一は誘拐事件について話をしてくれなかった、と吉朗達に腹を立てていたが「公表できなかったから仕方がなかった」と事情を説明すると納得し、「今は教えてもらってもええんやろ?」といろいろと事件の話を聞きたがった。 実は熊本先生も興味はあったらしく「創造」の時間という文部省の御膳立てしたゆとりの時間に「今述べる、私はこうして誘拐され、助かった」という題目で(誰だ、これ考えたの)説明する事となった。 なんと言っても当事者の吉朗、けい子、たつやの三人がいるのである。 特に何の打ち合わせもせずに語りだしたのだが、暴走しつつ話が飛ぶけい子の話を吉朗がうまくフォローする、という流れて比較的判りやすく、しかも臨場感あふれる物語が繰り広げられた。 しかし、けい子の話でたつやは「情けない」というイメージを更に強く印象づけたようだった。吉朗はこれはあんまりよくない傾向だなー、と思いつつも救出ラスト付近では自分がその場にいなかったこともあって、口を挟むことができずにいた。 「――ま、そう言うことで。寝屋川君が大騒ぎしてくれたおかげで私は爆発し、すっきりした気分で冷静になり、ポケットに入ってた白墨を相手の顔にドバッと――」 ――そうか。そうや。野際さん、本人で意識せんと、いつの間にか寝屋川君のこと、フォローしてもうてるんや。それを判ってて、寝屋川君も野際さんについていってる……。全く……ええコンビや。 「それでパトカーの中で、寝屋川君――な?」 「もうその時は泣いてなかったで!」 「え? あ、そうやったっけ?」 「そうや!」 手に汗握る活劇がいつの間にやらお笑い劇と化し、教室は笑いの渦が巻き上がっていた。 刑事、渡真利克洋は今日も刑事をしている。 相変わらずの人の良さで市民の安全を守ろうとしていた。 しかし、今の克洋は昔の彼とひと味違う。 あの誘拐事件から、彼は何事にも動じずに対応できるその芯に強さを持つようになった。 それが誰の力によるものか、それは此処に記すまでもないだろう。 三年生は去って行く。 絵梨は見事に合格し、渡米が決まった。 三年生の大勢は予備校生となる。一部は大学生となる。その流れはこの高校の伝統であった。 二年生は三年生になる。一年、もしくは二年かそれ以上の受験生活が来る。 新入生は高校生とは思えない初々しさを持って入学してくる。 そして、一年生は二年生になる。 「今年こそ違うクラスや! 一緒になる確立はたかだか十一分の一!」 教科書販売兼クラス発表の日、けい子は野際家の玄関でひと吠えした。近所迷惑な話だが、引っ越しして一年と少ししか経たないのに、既にご近所はけい子のそんな動向になれてしまっていた。 世間はすっかり春。ぽかぽか陽気に気もそぞろ、枯れていた枝に花が満ちる。草は温かく、万里四方春が満ちている。花びらが人々の顔を払い、旅立つ者を送る。そして、旅立つ者のように、けい子は志を胸に、高校に入る一歩を踏み出した。 「たったの十一分の……」 「あっ、けーこちゃん! クラス発表、見た? おれら、一緒の――」 「――ひいいい!」 とにもかくにも春なのである。 (おしまい) 初書1989.10.18.-1991.3.16. |