呵々大笑 (かかたいしょう) 16

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16.突入! 亀高の里

 三人を乗せた車が亀高の里に入ってから、ほんの数十秒後に克洋の運転する車がやってきた。
 亀高の里までは舗装された一本の道であったので見失うこともないだろうし、余り近づきすぎて怪しまれるといけない、という考えから少し距離をあけていた。元来安全運転な克洋が志郎についていくのに少々てこずった、ということも理由の一つだが。
 しかし、いざ亀高の里に着くと、そこからは道は三方向に分かれていた。そして、緑色の車の姿は見当たらない。
 克洋は蒼ざめた。
 やはり、誰かと一緒に来るべきだった、と後悔した。頭の隅では帰り道どうしようなどとも思っていた。
 その時、プレハブの小さな管理人棟が目に入った。そこに人の姿を見つけた時、克洋は神様、ってこの世に存在するんだなー、とささやかな事に対して幸せと感謝の気持ちをかみ締めた。そして、自分のよく深さに良心の呵責を感じながら、ついでにあのおじさんが三人の乗ってた車の行き先を知っていますように、と祈った。
「すみません」
 窓を開け、ハンドブレーキをかけて克洋は管理人に声をかけた。
「はい」
 克洋が明るくさわやかな笑顔で声をかけたのにつられたのか、管理人のおじさん(おじいさん?)が笑顔で応えた。
「さっき、女の子二人と男の人の乗った緑色の車が此処を通りませんでしたか?」
「はい。通りましたよ」
 管理人の表情が不審に曇る。克洋の方は一層嬉しそうな顔になった。
「その車、何処に行ったか判りますか?」
「判りますけど……あなた、どなたで?」
 その一言で克洋は自分が身分を明かしていない事に気づいた。慌てて胸のポケットから警察手帳を出して見せる。
 管理人は驚嘆の目で手帳と克洋の顔を何度も見なおした。
 平和なリゾート地に刑事がやって来ることなど全く想像していなかったのだろう。しかも、先刻の車の行方を探していると言う。あの三人が何か犯罪を犯したのだろうか。普通の人達に見えた――いや、後部座席に座っていた女の子が胡散臭そうにわしを見ておった。もしかして目撃者がいると自分の身が危ないから、後でわしを殺そうと……
「矢部さんの所です、刑事さん! 五の二三、そこの角を左に曲がって、よ、四つ目の角を右に、それで三つ目のブロック、左のブロックの二軒目です! 早く行って捕まえてください! い、いや、わしも行きます!」
 克洋は管理人の胸の内など知ろう筈もなく、従って何故管理人が突然興奮しだしたのか判らなかった。しかし「早く行って捕まえて下さい」のくだりで犯罪者が存在する、という事に気づいたのか、と察した。
「いえ、あなたは此処にいて下さい。まだ、確実に犯人が此処にいると判った訳やないんですから」
「判った訳じゃない、って……さっきの三人がそうなんじゃないんですか?」
「……」
 いくら何でも、そんな勘違いの仕方はないやろ……。運転手は犯人に見えるかもしれへんけど、他の二人は女子高生やぞ。
 ……そうか。野際さんがいるんや……。ま、雨田さんも高校生よりも大人びて見えるやろうし……。
「と、とにかく、あなたはいつものようにしてて下さい。それと、後で――と言っても数時間後になると思いますが――警察の応援が来ると思いますんで、その時はその、矢部さんの家の場所を知らせてやってください」
「はい、まかせて下さい!」
 管理人は嬉しそうに胸を叩いた。克洋は軽く会釈して再び車を走らせた。
 ――矢部……どっかで聞いたような名前やねんけど……何処で聞いたんやろう……? ――とにかく、本署に連絡を……。
 克洋は喜び半分、緊張半分で無線機を手に取った。


 絵梨等にとって好都合な事に、矢部邸は山際にあった。亀高の里は管理人がいるという安心感があるのか、殆どの家に塀がない。敷地まで忍び込むにはこれ以上よい条件はないであろう。
 矢部邸から見えない程度の距離を離して車を止める。
 トランクを空け、志郎がなにか荷物を出している。
「ほい、絵梨ちゃん、木刀。これだけでええんか?」
「私はね。――ああ、あと、そのロープ」
 そう言って、絵梨は軽く素振りをする。木刀は風を斬り、小気味のよい音を立てた。
 けい子はじ〜〜っと、志郎の持っている荷物を見ている。
「――な、なんかいる?」
 その視線に堪えきれず、志郎はけい子に声をかけた。
「何があるんですか?」
 志郎が右手に持つ長いものが日本刀、いわゆる「真剣」である事は用意に判別がついた。しかし、左手に持っているデイバッグは中身は判らない。
「銃火器類はないで。探偵とは言え、法律は守らなあかんからな。日頃訓練した事ない奴がそんなもん持ってもしゃあない、って判ってるし」
「……それでも何か持ってた方がええでしょ」
 明らかに不服そうな様子でけい子は言った。志郎は苦笑を浮かべてデイバッグを開けた。
「発煙筒、閃光弾、催涙弾、白墨もあるで」
「……発煙筒とか、って銃火器類の部類に入らへんのですか?」
「入らんやろ。車一台につき、一本ついてるもんやねんから。そんなん言うたら車持ってる奴みんなこれや」
 言い乍ら志郎は手錠をつけられるジェスチャーをした。
 けい子はへええ、と感心した。車の運転はできても車の内部は殆ど知らない。何の為に発煙筒がついているのか想像できなかったがほんの数秒頭をひねってもなにも出てこないのが判ったのでさっさとその事について考えるのをやめにした。
「白墨は何に使うんですか?」
「目潰し。一番原始的やけど――安さに、つい……」
「……」
「――で、どれいる?」
「鳥井さんに必要ない程度、くれますか?」
「判った」
 けい子は通学用の鞄に説明をしてもらいながらいくつかを入れ、それを袈裟懸けにした。
 とっさの時に役立つかもしれない一番原始的な白墨はズボンのポケットに適量放りこんだ。ズボンが汚れるが洗えば落ちるものだ。
「しかし、絵梨ちゃん」
 不安そうに志郎は絵梨を見る。
「何?」
「やっぱり、忍び込むの、俺がしようか。矢部も相手が絵梨ちゃんの方が安心して中に入れてくれるやろうし……」
 絵梨は首を横に振る。
「それより――多分、おじさんと話す、ってなったら身体検査とかされるかもしれへんから……頑張ってね」
「えっ……そうか……そうやな……う……そうか……」
「もう、武器持っていかんとく? 最初から」
「――白墨はポケットに入れとく。相手が眼鏡しとったらあんまり役に立たんけど」
「叔父さん眼鏡」
「……ま、適当に持って行っとく」
「そしたら、行くわ。気いつけてね。さ、けい子ちゃん、行こか」
「はいっ!」
 はりきって、けい子は山のほうへ向かう。坂道にはそんなに慣れていないが、酒瓶、ビール瓶運びで足腰は人並み以上に強い。
「絵梨ちゃん」
 志郎が少し不安そうな声で行きかける絵梨の肩を掴んで止める。
「何――」
 振り向いた絵梨の頬に志郎は唇を押し当てた。
「まじない」
 ニッコリ笑って志郎は言う。
 絵梨は怒ったような分の悪そうな顔で志郎を見た。
「急にやらんといてよ。びっくりするやんか」
「口の方がよかったか?」
「……アホ。行くで」
 慌てて絵梨はけい子を追いかけて行く。
 けい子は詳しい道を知らないのにずんずんと歩き進めていた。
「けい子ちゃん、もっと右の方や」
 追いついた絵梨は息を切らせて言った。
「あ、雨田さん。どないしてたんですか?」
「え? ん――ちょっと」
 そう言った絵梨は少し赤い顔をしていたが、次の瞬間には弟救出を計画する厳しい姉の表情に戻った。

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