呵々大笑 (かかたいしょう) 14

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14救出道中三人旅.

 「――また、車借りてきたの?」
 助手席に乗り込んで絵梨はシートベルトを着けながら言った。
「ああ。しゃあないやろ。持ってないんやから。社用の奴買う程ウチの会社も裕福やないしな」
「自分の車、買ったら? 仕事なんかでも、楽になるやろ?」
「買う金がない」
「――。依頼料、やっぱり払うわ」
 絵梨が力なく言う。
「――え? 依頼料、って何の?」
「今日の。近所のよしみ、なんて範囲での事やないでしょ? 下手したら、命にかかわる事やし」
「今日は俺の仕事はお休み。今日は俺は金になるようなことは一切していません。絵梨ちゃんとルンルンドライブや。――途中から、野暮な連中が三人も乗ってくるけど」
「――」
 すまなさそうな表情を浮かべる絵梨とは対照的に、あくまで志郎は明るい。
「だいたい、こんな小さい依頼の料金だけで車が買えるわけでもなし。また俺が貧乏な時にちょっと御飯でも作ってくれたら恩の字や。……こういう事でもないと、絵梨ちゃんの助けでけへんしな」
「……ホンマは一人でやらなあかんと思うんやけど……」
「――俺がおって、そんな自信なさそうな顔してるくせに、一人でなんか行かせられるか。どうせ俺は何言うてもくる、って見越して計画立ててたんやろ? いまさら何言うてんねん。いつもの絵梨ちゃんはどないしたんや」
「……木刀、持ってきてくれた?」
「ああ、取りあえず。――けど、木刀でどうこうできるもんか?」
「どうこうする、っていうより、木刀の一本ぐらい持った方が、自信もてるような気がするから。合気道より、剣道の方が得意やし」
「取りあえず、真剣も持ってきた。ま、それは俺用やけど」
 淡々と言ってのける志郎に、絵梨は驚きの目を向ける。
「人を切ったことはないで、もちろん。あんまり腕の方はよくなけど、相手に脅しかける時なんかには、結構役に立ってくれる」
「脅しかける、って、浮気の調査なんかで?」
「……滅多にせんけど」
「滅多にやられてたまるもんですか」
 いつもの調子で怒った絵梨を、志郎は嬉しそうに横目に見た。
「何ニヤニヤ笑てんの。ちゃんと、道判ってる?」
「脇浜で野際さんを拾って、亀高の方へ、やろ? 亀高の里に行く細かい道は絵梨ちゃんに任せてええやんな?」
「うん。地図で見てるから」
 いいながら、絵梨は後部座席にあるマップルを取った。
「脇浜までは判ってるし」
「ん」
 ぱらぱらと、絵梨はページをめくる。志郎はちらりと絵梨をみやったが、何も言わずに車の運転を続けた。
 これで二人して笑顔を浮かべていればさながらデートである。
 僅かながら絵梨は顔色がすぐれないが、志郎の方は少し油断するとニヤニヤしてしまいそうな面持ちである。どちらにしても、世間の存在する普通の二人組である。触れるとと静電気が走り、真空中では放電しそうなけい子とは大きく異なる。
 緑のスバルが走る。その後ろを白いスカイラインが追う。
 車での尾行、特に一人での尾行は慣れていない克洋は少々心細かったが刑事としてのプライドが彼を支えていた。
 ここで犯人が捕まればこれ以上めでたい事はない。布団の中で胃の痛みに堪える日々におさらばできるのだ――そんな想像で顔がにやけそうになる。
 脇浜の駅前にスバルは止まる。
 そこで、克洋は想像もできない人物が車に乗り込むのを見た。
「――野際さん!?」
 不審に思われると困るので、克洋は車を止めず、スバルを抜いた。
 どうして野際さんが……? 狂言じゃないのか? まさか、あの態度が演技の筈が……。犯人が警察に秘密であの二人にコンタクトを取っていたのか? 何処で? ……学校? じゃ、犯人は学校関係者か、共犯者がそうなのか?
 克洋は車を先に進め、二車線の大通りに入ってから車を停車させた。
 バックミラーで車が来ないか確認しつつ、思案に暮れる。
 しかし、どうして犯人があの二人を呼ぶんだ? あの二人が必要なら何も人質を取ってまで呼び出さなくても直接誘拐すればいいじゃないか。――否。誘拐できなかったんだろうか? 誘拐が不可能だと悟って比較的誘拐しやすい人間を人質に……。
 克洋の推理は進む。
 この部分だけ読むとだるで努力派の推理小説である。
 平凡で多少オッチョコチョイの刑事が主役となるいかにも二本人向けの推理小説っぽいが、これはあくまで学園アクションしりあすラブストーリィなのである。
 よって、克洋の推理は当たっている筈もないことは賢明な読者はご承知であろう。
 ドアミラーに緑色の車の姿が映る。克洋は慌ててハンドルを握った。

「いやー、初めて学校サボってもうたー」
 助手席の後ろでけい子は頭をかきながら言う。
 一人で張り詰められるところまで張り詰めた緊張の糸が、見知った人に会った事でプチッと切れたようである。
「しかし、朝の電車のラッシュ、ってすごいんですねー。いつも逆方向行ってるから知らんかったんですけどねー」
 陽気に喋りまくるけい子の態度に、志郎は(何か違う……なんだこの明るさは……)と戸惑いながら運転している。一方、絵梨は先ほどとは打って変わって地図を見ながらにこにこしていた。
「――で、亀高の里、って所にはどれぐらいかかるんですか?」
 後部座席から身を乗り出してけい子は絵梨に訊ねる。
「混んでなかったら一時間半ぐらいで着くけど」
「一時間半……結構かかるんですね」
「田舎の避暑地やしね」
 ふと我に返り、けい子は真面目な顔をする。
 そんなけい子を志郎はルームミラーで見、不思議そうな顔をした。今までの浮かれ様とは一変したその様に更に困惑の意を深める。
 けい子は座席に着いた。そして、それっきり黙ってしまう。
「――不安なん?」
 絵梨が優しく言う。
「――え?」
 不意をつかれてけい子は思わず大きな声を上げた。
「この斜線、左の方に入って。高速に入るから」
「ああ」
「不安なんか、そんなん! いや、その……一時間半もあるんやったら静かにしてて力を溜めようかと思って……」
「向こうに着いたら、志郎さんに正面から入ってもらって向こうの目をひきつけてもらうから、その間に私と野際さんが別口から忍び込んで吉朗と寝屋川君さがすからね」
「――忍び込む、って……」
「三人して飛びこんでもすぐさま締め出されるだけやろ?」
「……確かに……」
「ただ単に騒ぎ起こすだけやったら野際さんの方がええやろうけど……騒ぎすぎるのは、ちょっと、ね」
「――それ、どういう意味ですか?」
 思わずけい子の声が陰険になる。けい子にその自覚は多少あるようだ。
 実は絵梨はけい子のそんな無茶さを気に入っているようで、楽しそうに笑う。志郎も雰囲気に釣られて口を歪めた。
「最低最悪の場合――そうなる確率は非常に高いけど――野際さんにも暴れてもらう事になるかもしれへん。目立つ分狙われやすいから私の方が暴れた方がええと思うんやけど……家の中やったら、詳しいからね」
「詳しい、って……情報買ったりしたんですか? 雨田さん、そんなコネあるんですか?」
 興味津々、と言う目でけい子は訊ねる。車は高速道路に入った。
「ううん。行った事あるから知ってるだけ。それも、改築してなかったら、の話やけど」
「――絵梨ちゃん。もしかして、野際さん、事情知らんのか?」
 料金所での支払いのため開けていた窓を閉め、アクセルをふかし乍志郎は言った。
「……そういうたら……野際さん、なんも訊いてけえへんかったから……」
 絵梨も驚いて呟くと後ろのけい子の方を見た。
「誘拐の理由とか、諸々の事情とか、そんなん、後でええです。雨田君が誘拐されて、そのまきぞいを食ってたーくんも誘拐された。警察はアテにならん。そやから助けに行く。それだけで今は充分です。私は刑事さんと違うんやから、理由なんかどうでもええんです。それより、結果です。理由が判っても、二人が助けられへんかったり、もしか……もしか、死んでまうようなことがあったら……んなもん……」
 けい子はそう言って黙ってしまう。
 日頃発散型の怒りが多いため、こんな風に押し黙られてしまうとどうも次の瞬間に爆発してしまいそうである。
 時速百キロ余の社内で暴れられるのは想像すると恐ろしい。

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