青い夢で (3)

 その4 トップ 創作世界

 二学期の中間テストが終わると体育祭、文化祭が続けて行われる記念祭が開催される。
 文科系クラブの数少ない見せ場とあって、週一回のお気楽パソコン部も一週間続けて遅い時間まで出し物に悪戦苦闘していた。
 クラスの出し物は学年ごとのくじ引きで決められ、結果、お化け屋敷を行うこととなった。
 お祭り好きのアケミはあちこちに顔を出し、手伝ったりちょっかいをかけたりした。
「個人的には喫茶店やりたかったんだけどねー」
「――の割にはノリノリでお化けやってたじゃないか」
 校庭でキャンプファイヤーを囲んでのフィナーレ。
 トラブルが起きたりしてバタバタしてあっという間の二日間だった。
 キャンプファイヤーといえばフォークダンスが定番だが、何故か流れているのは盆踊り。
  地域の人も参加してゆるい感じで輪が回る。
「俺、この年になってアニメの盆踊り踊ることになると思ってなかったよ……」
「まあ、楽しいしいいじゃない?」
「――まあな」
 練習などほとんどしていないので最初は振り付けもバラバラだったが、皆見よう見まねで手足を動かしているうちに動きがそろうようになってきた。
 そうこうしてまた別の歌になりまた振出しに戻る。
「――アケミ」
 皆で内側を向き、手を右へ左へと払い、足を踏み鳴らす。あとは進行方向を向くのでせっかく前後になっても後ろのアケミに話しかけるチャンスはハルキには少ない。
「何?」
「あのな――」
 これで内側を向く横並びの時間は終了である。ゆっくりと歩き下がり、手を鳴らす。それを三回繰り返す。
 そして内側を向く。アケミの方を見る。アケミは盆踊りにありがちなトランス状態に入っていた。だがハルキの動きに気づき、首を右に向けた。
「俺、お前のことが好きなんだが、つき合わないか」
 一気に言った。
 アケミの動きが止まった。
「え、あ、おい、こら、動けよ!」
 アケミの動きが止まった原因が自分にあると重々承知しているハルキはあせってアケミに声をかけた。
 足を踏み鳴らしながらアケミの肩をたたき、我に返す。
「――え? え? ……」
 返っていない。
 ハルキは背後で「え?」と連発するアケミの声を聞かされ続け、焦るばかりに告白のタイミングを読み損ねた自分をひどく呪った。
 内側を向く。
「えー、っと……」
「ごめん。タイミング悪かった……」
「えーっと……」
 アケミに正常な判断力が戻る前に内側タイムが終わった。
「――ハルキ……」
 三回目の手鳴らしの中、ようやく落ち着いた声がハルキに聞こえた。
 もう火力の落ちたキャンプファイヤーではその顔色はわからない。しかし、右を向いたその顔が嬉しそうなのは間違いなかった。
「よろしくお願いします」
「――こちらこそ」
 そうして、一組の高校生カップルが誕生したのである。

 付き合い始めたからといって急にベタベタする事もなく――アケミがなれなれしいのは以前からである――しかし態度に出るのか、周囲になんとなく知れるところとなった。
 アケミは付き合っていることをきかれると喜ぶがハルキは照れて「関係ないだろ」などと言って怒り出す。しかしその反応が面白いと結局からかわれるのだ。
 平日はアケミがクラブがあるので水曜日以外は放課後に会うこともない。
 週末はだいたい一緒だが、たかが高校生、お金もなく、ファーストフード店でだらだらと話をしたり(話をするのはほぼアケミ)、ウインドーショッピングを楽しんだり(楽しんでいるのはほとんどアケミ)する程度であった。
「――金がない……」
 見つめるモニターとは関係ないハルキの呟きに隣のタツローがくるりと首を横に向け、雑誌にふけっていたヤスノリとカズヤが話を止めた。
「――彼女というものはお金がかかる生き物らしいね、カズヤ」
「うむうむ、彼女なしの俺達にとっては妬ましい限りだがその点に関して言えばザマーミロコンチクショー、だ、ヤスノリ」
「……部長、副部長、本音だだもれですよ」ハルキの言葉にからかいのツッコミを入れそうとしたものの、先輩に先を越され、タツローはフォローに回らざるをえない。
 ちなみに三人の言葉は悩めるハルキの耳には届いていない。届いているかもしれないが脳には認識されていない。
「バイトとかどうなんだ? 届けさえ出さばできるんだし、週末でも」
 タツローが一般論ではあるが建設的な意見を言った。
「週末バイトで時間取られたらそれはそれで文句言われるしな……平日数時間で割のいいバイトとかないもんかね」
「肉体労働だな」
 ヒロシがモニターから目を離さずに言う。手も動いてる当たり、非常に器用である。
「平日数時間のバイトのあてがあるかわからないが、短くて時給が高いのは肉体労働だ。ただしお勧めはしない。なぜなら俺達パソコン部のメンバーは超軟弱インドア派だからだ」
「超軟弱……超がつくんだ……」
 否定できないがそこまで言わなくても、と言いたげにタツローが力なく言う。
「言われなくても選択肢に入ってませんよ。かといって頭脳業務向けじゃないし、接客できるタイプでもない……」
「それだけ選択肢を自分で狭めておいて、更に割のいいバイトがいいとは我儘にもほどがあるぞ」
 ヒロシがハルキにきっぱりとツッコミを入れる。
 そうこうしたやりとりは参考になったのかならなかったのか、ハルキは平日の夕方から夜にかけてファミリーレストランの皿洗いのバイトをすることになった。

 バイトと勉強と恋愛の三本立てはなかなかにハードではあったが忙しいほどスケジューリングに凝るハルキは見た目とはうらはらに情熱的にそれをこなした。
 それに対し、恋愛に骨抜きになったアケミは成績は下がるはクラブでは凡ミスだらけで叱られるわでさんざんな状態である。
「でも私にはハルキがいるもん、怖いものなんか何もないもんね!」
「――ちょっとは周囲に目を向けて怖がってくださいよ、アケミさん。俺の方が精神的にまいるよ」
「え? じゃあハルキにあってる時に、落ち込んだり愚痴ばっかり言ったほうがいい、ってこと?」
「そうじゃない、って……。アケミ、お前本当は無茶苦茶賢くて計算高いだろ? その気になれば勉強も人間関係もこなせる能力持ってるんだから、頑張れよ」
 真剣に、見ようによっては少し怒っているようにも見える顔でハルキは言う。
「――ハルキ、いつも私のこと買いかぶりすぎ。私のこと賢い、ってすぐ言うけど、そんな事言われても本当の私はそんなところにたどり着けないから苦しいだけだよ」
 アケミがしょげ気味に言い、笑みを浮かべる。
「俺のこういう面倒くさいお説教にすぐ返せる、ってことはバカじゃない」
「……バカじゃない。別に賢い訳じゃないわよ。集中力ないし、話は筋道立てて説明できないし、思い付いたことはすぐ行動しちゃうし」
 その言葉に、ハルキがふふ、っと笑い声をもらす。
「な、なによ。不気味な思い出し笑いして!」
「不気味は余計だろ。いや、確かに思い付いた事はすぐに行動するな、と。慎重派の俺から見ると一種の才能に思える」
「なにそれ、才能とか言ってるけどほめてない!」
「秋は落ち葉にじゃれるし、この間は雪にじゃれてたし。お前は猫かっ! と何回ツッコミ入れさせるつもりだよ。春になったら今度は桜の花びらにじゃれるんだろ? ――入学式の時みたいに」
「――!? 覚えてたの!?」
「猫娘とアケミが一致したのは比較的最近だけど……え、『覚えてた』? 『見てた』じゃなくて?」
 ハルキの問いにアケミガ居心地の悪そうな顔をする。隠し事が見つかった子供のような顔。
「……ハルキのそういう鋭いところ嫌いじゃない――っていうかむしろ好きなところだけど、行き過ぎてどうしていいのか判んなくなる時ある」
 好きな所が行き過ぎたんなら、好きになり過ぎたらいいんじゃないか――と理論的な考えがハルキの頭に浮かんだが、口にしたらそれは理論的どころかとんでもない気障野郎でしかない、と気づいて微妙な笑顔を浮かべるにとどめた。
「花びら追いかけて我に返ったのと、ハルキが笑って立ち去るのとほぼ同時だったのかな」
「俺に気づいてるとは思わなかった」
「あれが私だ、っていつ気づいたの? 最初から?」
「いや――そもそも、顔はほとんど見てなかったというか動きに目が行ってたからわかってなかった。夏休みかな、軟式でアケミがボール追いかけてる動き見て、何か頭にひっかかるもんがあって――思い出した」
「それで惚れ直した!?」
「いや、それはあんまり関係ない……か何かよくわからんけど…・・いやまああの桜ネコ女子がアケミでよかったのかな」
「私はね――一目ぼれした」
「……」
「でもね――私もあんまり顔しっかり覚えてなかったの」
「なんじゃそりゃ!」
「いやだって、ハルキ、って第一印象濃いタイプじゃないでしょ? クラス決まって、なんとなーくこの人かなー、って近づいて……でも間違いないだろうな、って思ったのは夏休みぐらいかな? ――でも、その時はもう、実はあの人はハルキじゃなかった、って判ったとしても『あ、そう』って言えちゃうぐらい、ハルキと一緒にいる事が楽しかった」
  ニコニコと語るアケミに、ハルキは絶句する。
 ――こいつ、自分がどれだけこっぱずかしい事言ってるか判ってんのかよ……。
「あー、でもあの出会いがなかったら私はハルキと話そうとしなかっただろうし、そしたらハルキのよさを知らずに過ごしてた、って事は、あの日があってよかったんだよね」
「――まあな。……でも勉強はちゃんとしろよ」
「……はぁい……」
 しょぼんとするアケミの頭を励ますようにぽんぽん、とたたく。
「頑張れば頑張っただけいいことあるから、さ」
「ん」
 ニッと笑ってアケミはハルキを見る。
「今、私、ものすっごく幸せ。だからこの幸せがずーっと続くように、頑張る!」 

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