青い夢で (1)

その2 トップ 創作世界

 満開の桜が、その重みに耐えかね花びらを散らす。
 毎年毎年、飽きもせず同じ姿を見せるのに、季節が巡る度に人は初めてその風景を見たような感動を覚える。
 ハルキは門の前で一度足を止め、門と桜とその後ろにたたずむ校舎を見上げた。
 周囲の制服が体になじんでないような仲間たち。その多くは親と一緒だった。
徒歩十五分の、中学校よりも近い近所なのだから一緒に来るほどでもない。心配することも何もない。
 そう言って一緒に来たがる母を振り切って入学式に一人で来たのだが、親同伴率の高さに早まってしまったかと軽く後悔した。
 しかし後悔したところで仕方ない。今更家に帰って「一緒に来て」というわけにもいかない。気持ちを切り替え、ハルキは余裕のある風を装って周囲を見回した。初めて見る風景のように。
 集合の時刻にはまだ余裕があり、桜と記念撮影をしている新入生の姿がちらほら見受けられた。同じ中学から入学した友達同士だろう、家族ぐるみで桜を背景に写真を撮る姿も見られる。
 そんな中、ぴょんぴょんと跳ね回る元気な女の子がいた。
 親が近くにいる様子もなかったが新入生のように見受けられた。
 何をそんなに跳ね回っているのか。入学式を前に大はしゃぎしているのか、そんなわけがない。記念撮影の邪魔をしているのか、いや周囲の人には目もくれず飛び跳ねている。推理を走らせながらハルキは十秒ほどその女の子を眺めていた。
 答えはすぐわかった。
 散る桜の花びらをつかんで集めようとしているのだ。
 ――猫かよ。
 気ままに散る花びらに夢中に飛びつく様に、先日動画で見た何かにじゃれつく猫の姿を思い出し、笑ってしまった。
 答えがわかったハルキは講堂へ向かう。
 これからの高校生活に夢を膨らませ。

 環境は変わったものの、家から近いことが幸いしたのか、ハルキはすぐ高校になじんだ。
 一応進学校ということで、勉強もそれなりに頑張る必要はあったが、まだ高一、のんびりとした雰囲気が教室を包んでいた。
 インドア派のハルキは帰宅部を考えていたがクラスメイトのタツローがパソコン部に入ろうと誘い、体験部活動でまんざらでもなかったのでそのまま入部した。ほとんど雑談で終わる週一回のクラブをのんびりと楽しんでいた。
「ハルキ君、シャーペンの芯、持ってる?」
 隣の席のアケミが、朝鞄からペンケースを出すなり言ってきた。
「やらかしたー」と小さなつぶやきが聞こえたので昨日の段階で切らしていたのだろう。
「HB、0.5mmでいいか?」
 クラス二度目の席替えで隣になったアケミはちょいちょい忘れ物をする。
 アケミの席は一番廊下側なので隣となるとハルキしかしない。
 高一というお年頃、男同士、女同士で固まることが多く、男女で一対一で会話しようものなら途端にクラスの注目の的となる。
 その中でアケミは派手ではないが誰かれなく性別関係なく声をかけており、特定の誰かと噂になるようなタイプではなかった。
 まだ二か月しかたっていない1組生活で断言できるわけではないがハルキはそう感じていてあまり気負わずに会話をせずにすんだ。
「それで充分! 一本でいいから!」
「全部のシャーペンに一本ずつ入れとけ」
「全部? シャーペン一本しかないよ?」
「……まじで?」
 ハルキはアケミのペンケースを見る。ちょっと大ぶりの布地のケースはパンパンに膨らんでいる。
「何を入れてそんなに膨らんでるんだ」
「ハルキ君、シャーペンそんな何本も持ってるの?」
 声が重なる。
「え、だって蛍光ペンとか物差しとか結構かさばるよね?」
「三本持ってる。これでももう一本いるかと思ってるのに」
 また声が重なる。
 それでも一応自分の言いたいことは口にでき、相手の返答も聞けている。
「三本? なんでそんないっぱい入れてるの?」
「それでこの間紫の蛍光ペン持ってないか聞いてきたのか。いらんだろ、そんなの」
 またまた声が重なる。
「――あんたら、なに漫才してるの」
 アケミの後ろのトモヨが二人の会話を遮った。
 ハルキの後ろのタツローが声も上げず腹を抱えて笑っていた。
「え、でもトモヨ、シャーペン一本は確かに少ないかもしれないけど、三本はいらないでしょ? 小学生が鉛筆持ってるのとは次元が違うんだから」
「それだけペンケースパンパンにしてシャーペン一本はないだろ。ものさしがかさばる、って、何か? 六角柱の物差しとか入れてるのか? それじゃシャーペンの芯入れる隙間もないだろ」
 言いつつ、ハルキはペンケースから芯入れを出し、芯を一本アケミに渡す。
「ええ!? ハルキ君、芯入れペンケースに入れてるの? それでなんでそんなスリム? 色ペン入ってる?」
「蛍光ペンは二色もあれば充分だろ?」
 とりあえず渡されたものは受け取らないと失礼に当たるし、自分にとって必要なものなので芯を受け取る。
「二色? なんでそれで足りるのよ。先生だって色変えて書いてるでしょ? 色ペン? 何色あるの?」
「三色ボールペンいれてるよ」
「三色? でも一色は黒でしょ? あとは赤と青? チョークが黄と赤と……でもマミ先生なんて青と緑も使うじゃない」
「それは蛍光ペンとうまく使い分ければいいんだろ。で、いったい何本蛍光ペンと色ペンあるんだ?」
「えー、っと……」
 答えられないアケミはペンケースからすべてのものを机に出す。
「――そのラメラメっぽいのはいるのか? それと、この間切らせた橙の蛍光ペンはちゃんと新しいものに替えたのか?」
「こ、これは! 超重要単語を囲むのに使うのよ。こういうのを使うとノート見直しする時テンションも上がるしね! 橙はちゃんと変えたわよ! よく使うしね」
 言い切るとほぼ同時に始業の予鈴がなる。出し切った文具をペンケースに片付けるのにアケミは四苦八苦し、その様子をトモヨとタツロー、そしてハルキも苦笑いしながら見つめていた。

 翌月の席替えでハルキはアケミと離れた席になったが、筆記用具のスリム化を手始めに、ノートのつけ方などいろいろと学ぶところが多いと感じたアケミは時々ハルキに教えを請うたり――時にはストックを切らせた文具を借りたりした。
「アケミ、ハルキに気があるんじゃないのか?」
 パソコン部で一緒のタツローがぽつりとハルキに言う。
「いや、それはないだろ。あいつ、誰にでもあんな感じじゃないか。タツローにもよくしゃべってるじゃないか。っていうか、あいつ、俺を便利屋扱いしてないか?」
 だんだん早口になっていくハルキに、タツローの顔は次第ににやついていた。
「――ごめん、俺、つまんない事聞いた。気があるのはアケミだけじゃなかった」
「――!」
 慌てて大声を出そうとしてハルキはパソコン室の部員五名の目がすべて自分の方を向いていることに気づいた。
「な、なんですか、みなさん。自分の作業を続けてください。私語すみませんでした」
「ハルキ君。パソコン部は私語や雑談から新しい発想を育てていく部だと思うんだ」
 部長のヤスノリが立ち上がり、優しい笑顔で言った。
「そーそー、女子に縁もゆかりもないむっさい男子がコイバナ男子をうらやむなんてしないよ」
 副部長のカズヤが椅子の背に腕をかけてニヤニヤ笑って言った。
「――で、ハルキ、その女子、何か部入ってんの?」
「え、軟式テニスですけど」
「ナンシキ!」
 打ち合わせをしたわけでもないのに二年、三年の声が重なった。
「タツロー、ナンシキの女子がパソコン部の男子になんか惚れる訳ないだろー」
 カズヤが言い捨てて踵を返し、パソコンに向かった。ガセの噂と見切りをつけたようだ。
「でも水曜日は一緒に帰ってるんだろ?」
 カズヤの首がくるっとタツローの方を向いた。神風でも起こしそうな勢いである。
「あー、アイスおごらされてるだけだよ。ほかの曜日はまた別のやつにでもたかってるんじゃないか?」
「なんだもう付き合ってるのか」
 二年のヒロシがごちそうさまと言いたげにつぶやいた。
「ヒロシ先輩、俺の言った内容のどこに付き合ってる要素が含まれてるんですかね?」
「パソコン部のある水曜日だけアイスをおごってほしいとねだって放課後デート。よいではないか。非常にうらやましい。俺ならハンバーガーセットでもおごるとぞ」
「ステーキとかは?」
「毎週ステーキ食う女子とかいやでしょ! そんな肉食系、ついていけませんよ!」
「そりゃそうだ」
 カズヤとヒロシが楽しそうに笑う。
「――で、そのナンシキ女子はかわいいのか?」
 笑いで話題が途切れた、とパソコンに向きなおろうとしたところ、もう一人の二年生、シロウが訊いてくる。
 先輩からの質問である。無下にもできない。
「ナンシキの中ではレベル低いほうじゃないですかね」
「低くないよ! 普通だよ! ……!」
 タツローの一歩早い返答に鋭いツッコミを入れた瞬間、周囲の「ほぉー」「フツーかー」「きっとハルキ君から見たらフツーにかわいいんだろうねえ」というざわめきと笑いにハルキははめられた、と頭を抱えた。
「でもナンシキ女子だからなー。ハルキ、気をつけろよー」
「そのうちステーキおごって、って言われるかもな」
「いや、ナンシキ女子、ってくくりからははみ出してると思いますよ。変わったやつだし」
「変わった奴だし」「変わった奴だし」「変わった奴だし」「変わった奴だし」
「……」
「まあ、アケミはお前のほうが変わった奴だと思ってるよ」
「お似合いだな。ますます羨ましい」
「……」

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