あいことば
笑説サイト同盟新春恒例三題噺
お題目は「紅葉」「結婚」「認知的不協和」
人気のない紅葉の中、二人は歩いていた。 移ろいゆく秋は地面に散り、歩く二人に踏みしめられ、かさかさと乾いた音を立てる。 男はゆっくりと、女は少し速い音を立てていた。 誰もいない駅前にふらりと現れ、「こちらがきれいですよ」とこの道まで男を連れてきた女はそれきり何も話さなかった。 男はもしかして自分が話を切り出すべきなのか、と突然考えた。 しかし、女が思った相手であるならば、本題を切り出すのはまずい。 「誰もいませんね」 男はゆっくりと言った。 男が思ったよりも低く響く声をしていたことに、女は驚いた。 「いい声ですね」 「有り難う御座います」 「いい声」と言われて大きな声を返すお笑い芸人の事を男はふと思い出したが、此処はそういう状況にはないと判断し、素直に女の言葉に礼を言った。 「私、秋子、っていいます」 「秋に生まれたんですか」 「ええ。判りやすいでしょ」 「好きですか、秋」 秋子は一度立ち止まり、葉を散らす街路樹と葉の散った道をゆっくりと見渡した。 つられて男も立ち止まり、秋子を見た。 自分の首ほどにしか背のない秋子のつむじを見る。右巻き。 「好きですね。特に、冬の近いこんな季節が一番好き」 言って、秋子は男を見た。見ていたはずのつむじが突然顔にすげ代わり、男は少し驚いた。 「ほら、散りゆく葉っぱがせつなくて」 合うはずの視線が合わない。 男は秋子の視線の先を考えた。 自分の目より微妙に高い位置にある。 頭だ。 いや、毛だ。 男は、この女性が自分の目的の相手である可能性を考えた。 今のこの視線でその確率は六十パーセントほどに跳ね上がった。 「でも、そのせつなさがいいんです」 秋子はそう言ってゆっくりと瞬きしてまた歩き出した。 秋子の行き先は男には判らない。しかし、そのゆったりとした歩調に合わせて歩く。 もし、この女が目的の相手でないのなら、早々に駅前に戻らなくてはいけない。 「結婚……されてるんですか?」 秋子は唐突に切り出した。 この唐突な話題転換で、確率は八十パーセントに上がる。 「いえ。のんきな独り者です」 秋子の横顔がそっと微笑んだ。 おとなしそうなその表情は男のいる業界にそぐわない清楚さを持っている。しかし、男の方もしがないサラリーマンにしか見えないだろう。そんな不自然さがこの世界には必要なのだ。 「秋子さんは」 「呼び捨てでいいです」 「じゃあ、秋子も敬語をやめてもらわないと」 男が優しく言うと秋子は右上を見上げた。やはり髪の毛を見ている。 知っているんだ、この女は。 判っているんだ。 「名前も知らない人になれなれしく話すことは出来ません」 「ああ……正治、って言うんだ」 「正治さん」 女はうれしそうに言葉をかみしめる。 何処までが演技なのか、正治には判りかねた。 「男が女に大切なものを渡す瞬間、ってどんな気持ち?」 正治は言葉に詰まった。 秋子の唐突な言動にとまどい、その内容にもとまどった。 その内容から、自分がしかるべきやりとりを交わすべき相手である可能性は八十七パーセントまで上がった。 「それを受け取るのは、どんな気持ち?」 正治は切り返した。 「ずるいわ。先に私の質問に答えてもらわないと」 秋子は初めてうち解けたような笑顔を浮かべた。 人間らしい笑顔が目尻のしわを生み出す。 最初の印象より、秋子はそこそこの年齢なのかもしれない、と正治は頭の隅で考えた。 しかし、当然年齢を聞くことははばかられる。 「緊張するな。受け取ってもらえるか、どきどきする。自分にとっては大切なものでも、相手にとっては二束三文にならない場合もある」 「出会ってからそこに至るまでの時間が短いときは、特にね」 秋子が納得した顔で言う。 正治は意を決した。 「君にとって、結婚、ってなんだ?」 秋子は正治の頭を見てうっすらと笑みを浮かべる。 「認知的不協和よ」 正治は五年前の秋の日のことを思い出した。 あの時秋子に渡してしまった人工頭髪は何処にあるのか判らない。 秋子に聞いても「大切なものだから誰にも判らないようにしまってあるの」とにっこり笑って答えるだけだ。 スパイである正治の目でもその場所は判らない。 そして、仕事を遂行できないまま、正治は表の仕事、人工頭髪コーディネーターを続けている。 十年にもわたるスパイ生活は誰にもじゃまされずに進んでいた。 科学者であった技術力を生かし、人工頭髪コーディネータになったのは十五年前。その人工頭髪に情報を組み込む技術力が買われ、とある組織のスパイになったのは十年前。 何のためにその情報が必要なのか判らないまま情報を集め、人工頭髪に埋め込み、自分の頭頂にうまく着け、安全にやりとりをしていた。 まさか、あんな場所に連絡員と同じ年頃の女性がいるとは。 まさか、合い言葉と同じ言葉を口にするとは。 まさか、自分の頭髪を渡す行動をプロポーズと思ったとは。 喜びすぎた彼女に髪の毛を返せとは言えなかった。 そして、情報満載の頭髪は彼女の手に渡ったままだ。 幸いにも組織からの追っ手は来ていない。 その為に姿を隠したつもりはなかったのだが、正治の代わりを見つけたのか、そもそもそれほどたいした任務を正治に渡していなかったのか。 「自分のちょっとした弱みをちょっとフォローしていて、それをこっそり教えてくれたのがうれしかったのよ」 何故結婚する気になったのか、正治が訊ねたときに秋子は嬉しそうに言った。 「あなたは何故、私にカツラを渡してくれる気になったの?」 その笑顔のまま、秋子は訊ねた。 初めてあったときのぎこちない表情が思い出せないほど、幸せそうな顔だった。 「君の、その観察力に負けたから、かな」 魅力的な収入は失ったが、正治はこの成り行きを後悔していない。 |
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こんなところにこっそりあとがき。
昨年に引き続き「笑説サイト同盟」の「ダイスで決める三題噺」に参加です。二度目なのに既に
「恒例」だそうですが。
ううむ、自分的に出来はメロメロです。
ネタは悪くないけど、組立があきまへん。
ええ、理由は判っています。
集中力が全くありませんでした。
何で集中力がなかったのか・・・ここではあえて述べません。トホ。